海はいい。辛いこと、嫌なこと、全てを受け容れて私から忘れさせてくれる。それだけじゃあ無い。海は世界と繋がっているのだ。バイクで三十分、一番近いこの海も世界と繋がっている。つまり何が言いたいかと言えば、海はハーゲンダッツの次の次…の次くらいに、良い。
「あ。今の詩人っぽい」
バイクを近くの駐車場に止めて、砂浜に腰を下ろし海を眺めながら、そんなことを考えていた。流石わたし、天才かも。いや天才だな。
「……ヤー、独り言マギーさぁ」
バッと後ろを振り向けばいつぞやの、あの見覚えのある金髪が立っていた。えっと、ああマングースの……
「ヒーラーくんだ」
「……あ?」
「いやだから、ヒーラーくん」
金髪の目は段々と吊り上がっていった。可笑しい、トルネはヒーラーがあだ名のようなものと言っていた。まさか発音が違ったのだろうか?
「ヒーラー↑?ヒーラー↓?」
「…ヤー、ワンに喧嘩売ってるやっしー?」
ヒーラーを連呼すればする程、金髪の機嫌は悪くなっていった。てかマジ怖い。ちょ、トルネがあだ名って言うから…。
「…ヒーラーは、ゴキブリって意味さー」
「え!平古場の"ひら"から来たあだ名がヒーラー、ってトルネから聞いたんだけど!」
信じられない、といった目で金髪に見られた。いやそれ私の気持ちだから。くそっ、トルネに騙された…!良い奴だと思ってたのに!!
「永四郎はワンらの中でも一番怖いさー。殺し屋やっしー」
「は?え?は?殺し屋???」
待て待て待て、犯罪者とか聞いてないぞ。いやいや、あの年で殺し…、殺し屋?んな馬鹿な。パン屋ならまだしも、殺し屋って。マフィアの子供なのだろうか?っていうかヤバい、金髪とまともに会話したの初めてかも。いや前回はかなり酷かった、主に茶髪が。
「てか、マングースくんは何でここにいるの?」
「サボり」
時間を確認すれば、まだ昼過ぎだった。そうだよね、学生なら今昼ご飯の時間だよね。平然と答えてから砂浜に寝転がるマングースくんは、どうやら本当にサボりみたいだ。私はあれだよ、サボりじゃなくてバイトもゼミも無いだけだから。気分転換ってやつである。
「マングースくんは此処までどうやって来たの?」
「ヤー、裕次郎と付き合ったんさー?」
「付き合ってないけど…ってかトルネに言ったし。だから、マングースくんは此処まで」
「裕次郎も永四郎も、人の話あんま聞かない奴さー」
いやそれお前もだから。え、ちょ、わたしの話ちゃんと聞いてる?こいつ全然聞いてないよね?人のこと棚に上げてるけど、お前も同じだろーが!
「…まぁいいや。」
「……」
「……」
「ヤー、ヌゥが喋ってさー」
いきなり何か話せと言われても。それはそれでなかなか困る。だってほら、金髪とほぼ初対面に近いし。むしろお前、人の話聞いてないだろーが!
「えっと、」
「……」
「あ、そう言えば!最近の若者は苦労してるよねー」
「……(ヤーも充分若いさー)」
「私のバイト先の同僚はね、テニス部に入ってるらしいんだけど、素手で崖上りしたり、ボールを十球同時に返したりするんだよ。」
「……」
「何部なんだよって感じだよね」
終始金髪は無言だった。おい、何か話せと頼んだくせに無反応かよ!なんかさっきと変わらないじゃん。私が独り言呟いてるみたいじゃん!って、私は伊武っちか!
「テニスは命懸けやっしー、ヤーもいつか分かるさー」
「へ、?」
暫らく間が空いてから、金髪はおもむろに立ち上がり「ワンもバイクやっしー、そろそろ戻るさぁ」と呟いてから、何処かに行ってしまった。…バイク?いや今バイクって言った?え、バイクって…
「マングースは中学生だから、無免許運転…?」
これは私だけの胸に秘めておこう。これ以上彼らの中から犯罪者を増やすのは宜しくない。…きっとあの茶髪も、何か前科があるに違いない。やはり海は良い、だって全てを流してくれるんだもん。
※凛くんの言うバイク=自転車