寝れないときに羊を数えたら寝れるなんて、誰が言い出したのだろう。わたしはその無責任な情報を広めた張本人を是非とも一発殴らせてほしい。昨日謎の不眠に悩まされたので羊を数えたが、結局朝まで眠れなかった。羊は431匹の時に数えるのを諦めた。更に今朝は朝からバイトである。つまり今、ものすごく眠い。

「いつになく眠そうだね」

いつもなら笑い飛ばせる入江っちの軽口も今は逆鱗に触れそうなくらいむしゃくしゃする。私の機嫌が悪いのを察してか、借りたいDVDを借りれば彼はそそくさと帰っていった。眠い、本当に眠い。こういう時に店内で気持ち良さそうに寝ている客を見たら、なんかもうやりきれない気持ちである。

「ジローちゃん、起きてー」
「んー?」

体を揺すっても彼は起きるどころかゴロンと床に寝転がってしまった。ど、どうしよう。いつもなら徳川くんが無言で運んでくれるのだが、今の時間わたしとバイトの女の子だけである。生憎お客さん自体は少ないので暇だがジローちゃんを放って置くわけにもいかない。うーーん、と悩んでいた時急にジローちゃんが目を覚ました。

「そーいえば俺まだ祝ってもらってないC〜!」

いきなり手をぎゅっと握ったかと思えば何かを訴えるような視線でジッと私を見つめてきた。祝ってもらってない?何のことだろう、もしかしてジローちゃんテストで100点取ったとか?念願のレギュラーになれた…って元々レギュラーか。さっぱりわからん、眠さもあってか私の頭はいつも以上に考える能力が低下しているようだ。「なんのことでしょうか…?」と恐る恐る尋ねればジローちゃんは信じられないといった顔で私の目を見た。

「子供の日は俺の誕生日だC〜!」

そういえばGW前にジローちゃんから散々、もうすぐ誕生日と聞かされていたような気がする。しかし今年のGWは少しリッチに旅行に行っていたためバイトに入っていなかった。あの問題児越前リョーガも今年のGWは強化合宿が〜などと言っていたので(嘘っぽいけど)休みをもらっていたはずだ。ジローちゃん誕生日おめでとう、と言ってあげれば「プレゼントはチューがE〜」などとほざきやがった、こいつ見た目以上にませてやがる。

「チュー、ですか…」
「うん、だめー?」

こてん、と首を斜め45度傾けてあどけなく笑う天使にイエス以外答えたら私は閻魔大王に舌を抜かれてしまうかもしれない。仕方ないなぁ、とぷにぷにのジローちゃんのほっぺに軽く口づければ天使は嬉しそうに私に抱き着いてきた。

「嬉C〜!でもほっぺじゃなくてこっちが良かったC〜」

こっち、で唇を指さすジローちゃんだがあざとい、あざとすぎる。いやいやいや、と振りかぶる私を見てジローちゃんはケラケラ笑った。

「じょーだんじょーだん!」

散々人をからかっておいて、じゃあまたね〜と何事もなかったかのように帰るジローちゃんは、天使なのか小悪魔なのかよく分からない人である。彼が帰ってから気付いたのだが、いつの間にかわたしの眠気はすっかりなくなっていた。ジローちゃんは他人の眠気も吸い取ってくれる羊の神様かもしれない。
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