Dustbox | ナノ

菅原連作の最終話

2013/04/06 15:43


最終話、当初の予定ではずっとスガさんサイドでいこうと思っていたのだけれど、所々ヒロインちゃん目線で書きたいところがあって変更したので最終話だけプロットというか完成形一歩手前のような産物を投下しときます。見直してないので誤字脱字しかない。




「ここ…」
「そう、俺の母校」

高く聳える校舎を目の前に、澄んだ空気を杯一杯に吸い込んだ。なんて懐かしい光景なのだろう。青春を捧げた校舎は、年期が入っていてところどころくすんではいるけれど、自分にとっては目を眇めたくなるほどまぶしかった。

「部外者の私が入ってもいいのかな」とぐずる彼女の腕を掴んで、校舎まで引いて行った。事務室で入校章を二枚発行してもらう。体育館までの道のりにある職員室をちらりとのぞいてみたけれど、馴染みの深い顔は一人もいなかった。もう夕方だもんな、居るとしたら体育館だろうか。


そっと覗きこんだ体育館は、自分の記憶にある烏野バレー部と、なんら変わりなかった。館内に響き渡るボールの音、ちかちかと視界を刺激する天井の照明、そして耳を押さえたくなるほどに太い、馴染みのある男たちの雄叫び。
相変わらずあの子達はうるさいんだから。
この時、無意識に菅原が漏らした笑みを見て、なまえは菅原のなかでいかにバレーボールというものの存在が大きかったのか実感した。これだから男の子の青春って、熱い。

「あれ、スガさん!?!?」

そのとき背後から声がした。振り返るとボールを抱えた生意気だった後輩がいて。

「影山!」
「え、え、どうしたんすか急に、てか、うわ久し振りですね本当に」

ちょっと待っててください、みんな呼んできます。
そう言って体育館へ颯爽と戻っていった影山の背中を菅原は微笑ましげに見つめる。たった数ヶ月で頼もしくなったなぁ。菅原の呟きはなまえの耳にもしっかりと届いた。

それからはもう、なにがなんだか分からなくて。
菅原が来ていると気付いた部員たちが一斉に菅原の元へと突進してきて、圧迫死するのではないかと思ってしまうほどの息苦しさに、けれど嬉しさを覚えた。烏野バレー部は、まだ自分を忘れてはいなかった。

「ちょ、スガさんその女の人だれっすか?」

もみくちゃにされ尽くした、と感じ始めたころだろうか、田中が目敏く訊いてきた。その一言を皮切りに部員たちの瞳がなまえへと向く。急に自分が的になって驚いたのか、まなえは目をぱちくりさせて、明らかに動揺を示した。

「ちょっとなんなんすか、大学デビューっすか?彼女っすか?ずるいっすよスガさん!」

くやしい、と一様に嘆く後輩達。本当は彼女ではないけれど、否定しようとしたらちくりと胸が痛んだから、曖昧に笑って誤魔化してしまった。そうだ、今日は大事な話をしにきたんだ。烏野に来たのは、その序章にすぎない。


インターハイ見に行くからな、と伝えて、その日は体育館を去った。大地さんも旭さんも来てくれたのにスガさんだけ来てくれないから、オレ寂しかったです、という言葉を後輩達が頂いた。それだけで、なんだか心が救われた気がして、単純かも知れないけれど、焦燥と心苦しさが一瞬にして消え去った。今まで来れなかったのは俺が弱かっただけだから、そう言えば訳が分からないという顔をされた。その無邪気さと、前だけを見据える気概があれば、烏野は全国ですっと羽ばたいていられる、そう思った。

「なんだか、付き合わせてごめんな」

夕闇に染まる空の下、なまえさんと肩を並べて歩いている。ふと呟くように言ったら、隣で彼女が首を振るのが見えた。

「そんなことない、菅原くんの高校時代を少しでも知ることができて、嬉しい」

静かに語るなまえさんの横顔を盗み見る。少し俯き気味に視線を這わせるなまえさんの横顔に、触れたい衝動に駆られた。もう、いっそこと決着をつけてやろうか。

「なまえさん」

立ち止まった名前を詠んだ。彼女は直ぐにこちらに振り向いて、俯いていた顔をあげて俺の瞳を覗き込んだ。

「俺が、君のこと好きだって言ったら、迷惑…?」

時がとまった気がした。たった一秒が何十秒にも感じられて、うまく息ができない。告白とは、これほど世界が異なって見えるものなのかと理解した。

「そういう言い方は、ずるいよ」
「…」
「女の子は、どうでもいい男の子の母校に行ったりなんかしない」

「それって、」
「私が、菅原くんのこと好きだって言ったら、迷惑?」

夕日のせいなのか、それとも。彼女の頬は赤く染まっていって、今度こそ頬に触れたい衝動を抑えきれなかった。
親指の腹で柔く撫でると、擽ったそうに彼女はよがった。

「迷惑なわけない」

はっきりとそう言った。ひとつひとつに彼女への想いを込めて、口に出した言葉は、まっすぐに彼女へと届いたようだ。照れを存分に含んだ声音で彼女は「よかった」と言った。安堵からくしゃりと笑ったなまえさんはとてもきれいで、彼女に触れる親指に力を込めた。




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