薄暗い廊下を歩く人影がひとつ、蝋燭の光にゆらゆら揺れ、シミの目立つ壁に浮き上がっている。
それは煙草の煙をほわ、と吐き出すと煙草をぐしゃりと踏み、火を消した。
この建物…グレゴリーハウスには、煙草にうるさい料理長がいるから長くは吸っていられないのだ。
カツ、カツ…
噂をすればその料理長、シェフが歩いてきた。タクシーは消した煙草の吸い殻を拾うと、息をひそめ、廊下の死角になるところに隠れた。
たぶん、まだ臭いが残っている…バレたら厄介だ。
幸い彼は臭いには気づかずに玄関ホールの方へ歩いていった。玄関ホールにある扉から厨房へ入るつもりなのだろう。タクシーもそこから外へ出る扉があるので、シェフが厨房へ行くのをじっとして待っていた。
扉の閉まる音に耳を澄ませる………だが、一向に音が聞こえない。
タクシーがどうしたのだろうと思っていると、やっと扉の閉まる音が聞こえた。誰かがいたのだろうか?
玄関ホールに足を踏み入れると、そこには意外な人物がいた。
金色のド派手なコートに眩しい金色の髪の毛。…審判小僧ゴールドだった。
彼のことは仕事柄、座席に乗せることが度々会ったが、このハウスのなかで見るのは初めてだった。
いつもの帽子ははずしているようだ。しかも、今の彼は寝ていた。今の時期は寒いのに、彼は何も掛けずにソファーに座り、腕組みをしている。
たぶん、さっきシェフが厨房へ入るのが遅かったのはゴールドがおり、対処に困ったからであろう。
シェフは放っておくことを選択したようだがタクシーは、とりあえずここでは寒いので起こして部屋に行かせようとする。
「ゴールドさん」
遠慮がちに呼ぶと、ホールにタクシーの声が響いた。
言葉と共に吐き出した息は白く、空中に放り出される。
起きる気配はない。さっきとかわらず寝息をたてている。タクシーは顔を近づけてもう少し大きな声で起こそうとする。
「ゴールドさん!」
…それでも起きない。
そういえば審判小僧が、親分は今日は出張で遅くに帰ってくるんだ!と言っていたような気がする。いい笑顔だった。
相当疲れているのだろう、深い眠りについたゴールドを起こすのは至難の技に思えた。タクシーは顔を近づけたまま、少しゴールドを観察することにした。
ゴールドからは外の匂いがし、帰ってきたばかりなのだろうということを教えてくれる。それと一緒にシャンプーの香りなのだろうか、少し高級そうな甘いにおいもする。
あまり気にしたことはなかったが、さわり心地の良さそうな髪をしている。すこし欲が出て、さら、と髪の毛をすいてみる。見た目よりもふわふわとしていて柔らかい。よく見ると睫毛も長く、伏せている睫毛の下には影をつくっている。
寄りかかったソファーがぎし、と軋む音がした。その音にタクシーは、ハッと我に返ると手を離し、同時に大きな声で叫んだ。
「ゴールドさん!起きろ!」
「うわっ?!」
ガバッと起き上がり、状況が掴めずにタクシーの顔を眠そうに見つめてくるゴールドに声をかける。
「あんまり無防備だと何されても文句言えねぇぞ」
それだけ早口で言うと、タクシーは外へ出る扉から逃げるように出ていこうとした。
「タクシー君!」
ゴールドの声が後ろから聞こえた。
「起こしてくれて、ありがとう。」
それにタクシーは片手をぷらぷらと振って答えた。なんだか照れ臭く感じ、タクシーは緩む頬を抑えることが出来なかった。
end.