外で降り続ける雨のせいか、ホテル内はヒンヤリとした空気が漂っていた。

ロビーには雨に濡れてしまった青年が、ビショビショのまま立ち往生していた。彼の赤い服から滴る雨粒がロビーの床に落ち、じわりと黒く足元を濡らした。

「クソ…ついてねぇな。」

舌打ちをし、傍にあったソファーに身を沈めた。すでに時刻は夜の1時を回り、辺りは雨の音だけが響いていた。雷のせいか電話線の調子も悪く、暇潰しもできそうにない。パブリックフォンはイライラして、隣に置いてあったゴミ箱を蹴った。ガラガラと音をたて、転がっていったゴミ箱は、食堂の扉から出てきた人物の足に当たってとまった。

「子供みたいなことを…。」

そこには白いバスタオルを片手に持っているゴールドが、呆れ顔で立っていた。誰も起きていないと思っていたフォンは、驚いて目を丸くする。ゴールドはフォンの濡れた髪の毛にバスタオルを被せると、優しく撫でるように拭いてやった。バスタオル特有の、ふわふわとした触感が心地よい。

「なんでゴールドがここに居るんだ?」
「タクシー君から、君が濡れて帰ってくるだろうから、バスタオルを用意してくれないかと連絡があったんだよ。」

えっ、と振り向こうとするフォンの頭を、バスタオルでぐしゃぐしゃと拭きながらゴールドは笑った。

「気にしなくてもいいよ。起きていたし、私はやりたくないことはちゃんと断るからね。」
「あー…いや、でも」
わざわざ俺の為に、と続けようとすると、ゴールドはフォンの唇に人差し指を当てた。

「礼ならタクシー君に言ってくれればいいよ。」

彼に貸しをつくりたいからね、とニッコリと笑うゴールドに、アンタも腹黒いなとフォンもつられて笑った。

雨は先程よりも緩やかなものとなったが、まだ止む気配はなく、しとしとと降り続けている。ゴールドは自身の腕時計に目線を落とした。時計の針は1時15分を指していた。ゴールドにもフォンにも眠気はやって来ず、それでいて何もすることがないので暇をもて余していた。

「喉渇いたかい?よかったら珈琲を淹れてくるけど。」

ゴールドはソファから腰をあげると、フォンに尋ねた。ああ、じゃあ頼むわ、とフォンが返事をすると、そのまま厨房の方に姿を消した。シェフの忠告などお構い無しである。「あ。」そういえばミルクを入れてくれと言うのを忘れた、とフォンはゴールドの後を追った。普段は入らない厨房への扉を開けると、ゴールドが珈琲メーカーの前で四苦八苦していた。

「何してんの?」
「あっ、いやぁ…それがね。」

実はあまり自分で珈琲を淹れたことがなくて、やり方が…、とゴールドは申し訳なさそうに頬を掻いた。フォンはそんなゴールドの横に立つと、こうやるんだよ、とテキパキと珈琲を二人分淹れてしまった。

「…美味しい!」

フォンが淹れた珈琲をブラックで飲んだゴールドは、今まで飲んだ中でいちばんだよ、…勿論シェフには内緒だけど、だなんて笑顔で頬を赤らめて称賛した。フォンは、そんなゴールドの嬉しそうな表情をただ綺麗だと思った。まあな!当たり前だろ、とフォンは得意気に自分で淹れた珈琲を一気に飲み干した。其処で初めてミルクを入れ忘れていたことと、ゴールドの笑顔に動揺し、自分の顔も赤くなっていることに気がついたのだった。


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