※タクシーとゴールドは付き合ってる設定です
「お父ちゃんお父ちゃん!僕、七夕がやりたい!」
私が部屋を出ると、可愛らしい声が廊下の奥から聞こえてきた。
「七夕?はて、聞いたことがないですねぇ…。」
さっきの声とは違う、低い男性の声も聞こえてきた。きっと、ミイラ親子だろう。いつも仲が良くて、実に微笑ましい。
それにしても、七夕か…。ここの住人が七夕を子供に教えたとは、中々考えられない。ということは、この前此処にやってきた、ガールかボーイのどちらかが教えたのだろう。
私は二人のもとまで歩いて行き、ミイラ坊やに駄々をこねられて困っているミイラ父ちゃんに話しかけた。
「おはようございます、お二人とも。何か揉めてるみたいですね。」
ミイラ坊やの目線にしゃがみ、おはようと笑いかけると、ミイラ坊やも明るく挨拶を返してくれた。子供というのは無邪気で可愛らしい。
「おや、ゴールドさんおはようございます。いやぁ、この子が七夕がしたいと言うもので…。あ、坊や、ゴールドさんなら知っているんじゃないかな?」
「あ、そうかもね父ちゃん!ねえ、ゴールドさん!僕、七夕がやりたいんだけど、笹ってどこに行けばあるの?」
私はなんと答えたら良いのか迷った。現実の世界になら笹はあるのだが、残念ながら此方にはないのだ。
しかし、子供の願いは叶えてあげたい。
「…そうだね、坊やには少し遠いところにあるから、私がかわりに採ってきてあげよう。」
坊やの頭を撫でくるりと踵を返すと、私はすぐさま外に出た。行き先は、タクシー君のところ。
初夏の風は心地よく、そよそよと吹いて私の髪を靡かせた。其処に停まっている一台のタクシーに近づくと、車窓から中を覗きこんだ。
案の定、運転席にはタクシー君が煙草を燻らせながら新聞紙を広げていた。
コンコンッと窓を叩くと、彼は此方に気づき、慌てて窓を開けてくれた。
「ゴールドさん、おはよう。なんか用事か?」
「少し行きたい所があってね。今、大丈夫かい?」
そう言うと同時に、後部座席のドアが自動的に開いた。きっと、行ってくれるということだろう。私が車に乗り込むと、ドアはゆっくりと閉まった。
「で?どこに行くんだ?」
「実は色々あって現実世界に行かなくちゃならなくなってね。」
「現実か…この前、二人も現実世界から逃げてきたばかりだというのにわざわざ此方から行くなんて、皮肉だな。」
そう彼はクスクスと笑うと、アクセルを踏み車を発進させた。
少しの間、無言が続く。特に無言がつらいわけではなかったが、私はタクシー君に質問をした。
「タクシー君は七夕を知っているかい?」
そう聞けば彼はすぐに答えた。
「あれだろ?男と女が仲良くしすぎて、怒った誰かに引き離されて、一年に一度しか会えなくなるって話の…。」
「そう、それだよ。今から七夕に使う笹を取りに行くんだ。」
なんでまた急に七夕なんて…と呟く声が聞こえる。たしかに、私は七夕などのイベントにワクワクする歳でもない。
「あぁ、私がやりたがっているわけではないよ。ミイラ坊やがやりたいと言っていたものでね…。願いを叶えてあげたいと思ったんだ。」
訳を話すと納得したような相槌が聞こえた。
「一年に一度しか愛する人に会えないなんて、可哀想な人達だな。俺は、毎日会えるけど。」
そう言ってタクシー君は此方を見た。
「…そういう恥ずかしいことをさらっと言わないでくれるかい?」
「あれ?もしかして照れてる?」
フイッと窓の外に顔を向けるとタクシー君はニヤニヤと冷やかしてきた。クソ、後で仕返ししないと気がすまない。
私が何も言わないでいると、タクシー君が続けて話した。
「それにしても、なんで彦星は川を自力で渡ろうとしなかったんだろうな。そんなに会いたいなら頑張って渡ればよかったのに。」
「話によると、かなり流れの強い川だったらしいし、無理だったんじゃないかな。」
好きな人に会えなくなる悲しみはとても大きい。私はその痛みを知っている。
だからこそ、今いるこの人を大切にしたいと思えるのだ。
「もし俺が彦星の立場だったなら、死ぬ気で川を渡るだろうな。…ゴールドさんに会えないなんて耐えられないからな。」
へら、と笑ながら言われた言葉に、私は今度こそ赤面してしまった。
end.
「死んだらもとも子もないけどね。」
「冷静すぎんだろ。」