僕がこのホテルに来てから一週間がたとうとしている。まだ、ここには慣れない。

大きい注射器を持った看護婦に採血を迫られ、少年の仕掛けたバナナの皮で滑って転び、頭に大きい刃物が刺さっている(何故生きているのかは分からない)男に得体の知れない薬を飲まされ………散々だとしかいいようがない。

頭のおかしい住人たちに見つからないよう、抜き足差し足で歩いていると、厨房のほうから料理の作る音が聞こえた。正確に言えば、あの怪力男の包丁を振り落とす音だ。

僕は周りに誰もいないことを確認すると、厨房の前にある、食堂の扉の鍵穴をそっと覗いた。

そこには、いつも喧しく歌を歌っている審判小僧が椅子に腰かけていた。だが、なんだかおかしい。そう、彼には腕がなかった。

扉を開けて食堂に入ると、審判がこっちに気付き笑顔を向けてきた。


「やあボーイ!疲れてる顔をしているね。今日もみんなに追いかけ回されたのかい?」


けらけらと笑う審判。血だらけの肩とはあまりにも不釣り合いなその笑顔に、軽く恐怖さえ感じた。


「審判、その腕は…。」


やっとそれだけ言うと、ああ、これ?と審判は腕のない肩を少しだけ上げた。切断部から血が滴る。


「シェフにさ、取られちゃったんだよね。僕はタクシーの落としてた煙草を届けてあげようと持っていただけなのに。」


シェフってば頭が堅いんだから!
審判は笑いながら言った。

今日の夕飯は審判の腕が入っているらしい。
いやいやいや冗談じゃない!スープの中に指が入ってましたなんて、洒落にならない。


「それ、…痛くないの?」


思っていた最大の疑問を尋ねる。


「切られたときはほんとに死ぬかと思ったけど、そんなに痛くないよ!あ、でもこれじゃあジャッジができないや、どうしようかな。」


やはりここの住人はまともな人がいないようだ。審判小僧も、追いかけてこないというだけで、正常なわけではないらしい。とても残念だ。

でも、こんな事態を発狂せずに受け止めている僕も、まともではないのかもしれない。

どこか遠くで、鼠のひきつり笑いが聞こえた気がした…。



end.








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