誰かを泣かせるのは得意だよ。

僕は地獄からきたから、そういうのはよく見てたんだ。

でも誰かを笑わせるのは得意じゃない。

僕自身、笑い方を知らないから。



「先輩。人ってどうやったら笑うのですか?」


先輩の少し後ろに立ち、尋ねると、先輩は目だけ僕に向けた。


「…笑わせ方?」

「そうです。」


こくりと頷くと、先輩はうーん…と首を捻り、唸った。


「何か、面白いことをすれば笑ってくれるんじゃないか?」


『面白いこと』

僕には、何が面白くて何が面白くないのかがわからない。

だから、先輩が折角答えてくれたけれど、残念ながら役に立ちそうにない。


「…僕にはよくわからないです。」


そうか、とぽつりと言い、少し間をあけてから、今度は首だけこちらに向けた。


「なんで急にそんなこと聞いたんだ?」


当然といえば当然のことを聞かれる。誰だって、突然「どうやったら人は笑うのか」なんて聞かれたら疑問に思うだろう。


「…一緒にいると、心がふわふわして、キラキラする人がいるんです。僕は今のところ、その人を傷つけることしかできてないんです。僕は、その人を笑わせたい。」


特に隠す必要もないから正直に話すと、先輩は目を丸くして、「お前が恋か…」と呟いた。


「恋…?」

「その人に幸せな気持ちになってほしいってことだろ?だったら、それは恋だろ。」


これが、恋。

僕は心臓のあたりに手を当てた。どくどくと、心臓が脈を打っているのがわかる。

その人のことを考えると、ちょっとだけ脈の打つはやさがはやくなった気がした。


「笑わせる………変顔、とか?」


僕が思い付いたように提案すると、じゃあやってみろよと言われてしまった。

精一杯の、面白い(と僕は思っている)顔をする。


「お前なぁ…そんなんで、人が笑うわけないだろ。」


呆れられてしまった…。

僕がしゅんとしていると、先輩が僕の髪の毛をくしゃくしゃっとなで回してきた。


「お手本を見せてやる。」


撫でられて顔を上げると、そんなことを言われた。

ぽかんとしていると、先輩が普段しないような変な顔をした。


「………。」

「…………笑えよ。」


いつの間にかいつもの表情に戻っていた先輩が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

なんだか、それが可笑しくて、くすっと笑ってしまった。


「ほら、笑えんじゃねぇか。」

「あ…!」


自分が笑っていることに気が付き、僕は驚く。ふと先輩を見ると、したり顔で笑っていた。


「…ありがとう、ございます。」


僕がお礼を言うと、先輩はまた頭を撫でてきた。犬か何かだと思われてるのだろうか…。


「こんくらいいいって。頑張れよ。」


ニッ、と笑う先輩がちょっとだけ格好よく見えた。

とりあえず、いつかあの人に会ったときに、変顔をしてみようかな。

あの人が、先輩みたいな笑顔で笑ってくれたらいいな。


end,




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