「…なんだよ?」
私がじっと見つめていたら、フォンさんが訝しげにこっちを振り返った。
本当に、この人は先輩によく似ている。
今の振り返ったときの感じとか、目の細め方とか。
「いえ、髪の生え際を見てただけです。」
そう言うと、フォンさんはぶはっ、と吹き出した。
あ、今のも似てる。
「生え際とか気持ちわりーな、変態かよ!」
可笑しそうにフォンさんは俺を変態呼ばわりしてきた。失礼な、私はただ生え際を見ていただけなのに。
「フォンさん、髪の毛の生え際って、みんな違うんですよ。」
私が真顔でそう言えば、フォンさんは笑うのを止め、なんだよ急に…と言う目で見てきた。
「頭でも打ったか?」
「…フォンさんと、先輩の髪の生え際は一緒です。」
フォンさんの問いには答えず、私は続ける。
「もしかして、生え際フェチなのか?」
「違いますよ!私が言いたいのは、フォンさんと先輩が似てるってことです。」
そう言えば、フォンさんは興味無さそうに鼻を鳴らす。またその話か、と言ったような調子だ。
「だって、俺とアイツは従兄弟だからな。ちょっとくらい似てるのも当然だろうが。」
俺のほうがちょっと格好いいけどな!と付け加えるフォンさん。
…実際、私はフォンさんのことが好きだから、フォンさんの方が格好いいと思うけれどそんなこと言えるはずもないので黙っておく。
「でも、フォンさんのほうが少しタレ目ですよね。」
そう何気なく言えば、フォンさんが「へ?」と間の抜けた声を出した。
「先輩よりも口角が上がりますし、表情も豊かで……?」
呆けた顔のまま動かないフォンさんに、首を傾げながら、もしもーしと話しかけた。
すると、
「あ…うん。なんか、嬉しかったわ。」
と、突然そんなことを言った。
私はフォンさんがなんの事を言っているのかよく分からず、聞き返す。
「?、何がですか?」
「お前が、俺のことを見ていてくれてたんだなぁって思ってさ。」
私は、笑顔でフォンさんが言った言葉に、かあっと顔が赤くなるのを感じた。
「あっ、その、別にフォンさんを見ていた訳じゃないです!先輩とフォンさんがよく一緒にいるので、それで視界に入ってしまうというか…!」
あたふた言い訳をすれば、フォンさんがつまらなさそうな顔をする。
「なんだよ、タクシーのついでかぁ?」
不機嫌そうに、人差し指で電話のダイヤルをくるくると回すフォンさんに、私は慌てて弁解した。
「ついで、というわけではないですが…。」
「…お前、タクシーのこと好きなのか?」
話を遮って突然聞かれた問いに、私は驚いた。
私が?先輩を好きだって?
「なんでそう思うんですか?」
「否定はしないんだな。」
「否定するまでもないですから。有り得ないです。」
私が愛想笑いを浮かべて言えば、フォンさんはまだ納得していないような表情をしている。
「だって、さっきからタクシーのことばっかり話してるだろ。」
…どうして、こんなにも突っかかってくるのだろうか。
期待させるようなことはしないでほしい。
「…私は、先輩と仕事仲間ですし、一緒に行動することだって多いですよ。先輩がいないと私は仕事ができないし、先輩も私がいないと走れないですし…。
だから、仕方ないじゃないですか…。」
「タイヤ?」
フォンさんの戸惑うような声が聞こえ、見上げると、焦るフォンさんの顔が見えた。なんだか、ぼやけて見える気がする。
「な、泣くなよ!」
「へ?」
いつの間にか、私の目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
自分が泣いているという事実に驚き、咄嗟に涙で濡れた顔を手で覆って隠した。
「っす、すいません。」
「あ…いや、えっと………こっちこそ、ごめんな。責めるようなこと言って…。」
自分の感情が抑えきれず、押し込めていた気持ちが涙と一緒に流れ落ちていく。
「ちが、うんです。わたし、フォンさんのことが、好きなんです。ごめんなさい。」
引かれることを覚悟して、私は想いを打ち明けた。フォンさんは固まったまま、動かないでいる。
「こんなこと言われて、引きますよね。ごめんなさ、い。でも、」
突然、腕を引かれて私はフォンさんに抱き締められた。
私が呆然としていると、フォンさんが私の背中に手を回し、宥めるように撫でてくれた。
「俺もお前とおんなじ気持ちなんだから、引くわけないだろが!」
「え…そ、れって…?」
抱き締められているため、相手の顔は見ることができない。
「言わせんなよな…。」
「じゃあ、言わなくてもいいです。」
「そこは言わせろよ!」
漫才のような言葉の掛け合いに自然と笑みがこぼれた。涙はいつの間にか止まっていた。
二人の距離が少しだけ離れ、向き合うようなかたちになる。フォンさんは、気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あー…やっぱ、今度言うわ。」
そう言ったフォンさんは真っ赤になっていて、こちらまで照れてしまいそうだ。
「そういう、素直じゃないところ好きですよ。」
「す、好きとかそう簡単に言うなよ!照れるから!」
足元には、アスチルベの花がふわりと咲いていた。
end.