タイヤの機嫌がすこぶる悪い。
俺がそれに気付いたのは仕事場へ向かうゴールドさんを送っている最中のことだった。
俺とタイヤは一心同体だから、運転中は嫌でもいつもより意志の疎通ができるようになる。
「…なんなんだよ…。」
「どうかしたのかい?」
俺が溜め息混じりに呟くと、後部座席に座っているゴールドさんが首を傾げながら尋ねた。
「いえ、なんでもないですよ。少し問題が生じただけです…気にするほどのことじゃありません。」
俺が笑顔で答えればさらにタイヤの機嫌が悪くなるのがわかった。原因は俺なのか。
「ゴールドさん、少し車を停めてもいいでしょうか。」
ゴールドさんは不思議そうに二、三度ぱちぱちと瞬きをしたが、すぐに、構わないよと言ってくれた。
俺はそれに短くお礼を言うと、ドアを開け、問題のタイヤの横に立った。
「おい、仕事中だぞ…。」
原型のままでいるタイヤに声を低くして言う。
「…だから、なんですか。」
少し間が空いたあと、ふてくされたような声が返ってきた。俺は何度目かわからない溜め息をつくと、タイヤの真横にしゃがみこんだ。
「何がそんなに気に入らないんだよ、言ってみろ。」
「…先輩があの人と喋るのが気に入らないんですよ。」
「は?」
「…。」
「あの人って誰だよ。」
これっきり黙ってしまったタイヤを軽く睨み付けると、俺は車のなかに戻った。
シートベルトを締め、帽子を深く被りなおす。
「すいません、遅くなってしまって。」
「いや、大丈夫だよ。」
謝るとゴールドさんは笑ってそう言った。その笑顔で俺は今日も一日がんばれる。
「…愛されているんだね。」
ぽつりと聞こえてきた言葉。
「え?何がですか?」
「彼…タイヤ君にさ。」
苦笑しながら言われた言葉に俺は眉をひそめた。
「俺があいつに…?それはないですよ、だって俺の言うこと聞きませんし、俺のこと敬いませんし。」
俺が唇を尖らせながら反論する。
「彼が素直じゃないだけさ。」
そう答えたゴールドさんの表情は、影になっていて見えない。
「ゴールドさん。」
「…なんだい?」
「…いや、なんでもないです。」
今ここで俺が言ってしまったら、どんな返事にも関わらず、きっといままでの関係ではいられなくなるだろう。
「お待たせして申し訳ありません、只今出発致します。」
俺は現状に満足している。から。
そう自分に言い聞かせ、アクセルを踏んだ。
end.