ナイフで切ると濃厚な肉汁が溢れ出る。
それをフォークを使い口へ運ぶ。
咀嚼。
ナプキンで口許を拭く。
シェフは、目の前で行われるその流れに目を奪われていた。なんと優美な食事風景だろうか。俺は体がぞくぞくするのを感じた。
俺の前で椅子に腰掛け、俺の料理を食べている審判小僧ゴールドは丁寧なナイフ遣いで肉を切り分けていく。カチャ、と皿とナイフの擦れる音だけが部屋に響く。
「…あんまり見られると、食べにくいのだけれど…。」
俺が料理から視線を移すと、困った顔で微笑んでいるゴールドの顔が目に入る。
「気にするな。」
「気にするなって言われてもね…。」
今俺は相手の真正面の席に座っている。こいつが料理を残さないか見張ろうとしたのが始まりだったが、いつの間にか魅いっていたようだ。
そういえば審判小僧も食べ方がすごく綺麗な気がしたが、すべてゴールドから教えられたものと考えれば納得がいく。
そんなことを考えている間にも、俺の料理は少しずつ減っていき、最後のデザートのみとなった。
「…。」
そこでゴールドの手が止まる。
「…?どうした、食えないのか。」
「いや、そういうわけではないよ!」
俺が脅すように言うと、顔をあげてゴールドが反論してきた。残すなんて言ったらミンチだ。
「じゃあ、何故手をとめる…。」
眉をひそめて言うと、ゴールドは少し躊躇うような素振りを見せてから、聞こえるか聞こえないかの声で、甘いものが少し苦手なんだ…と言った。
その日のデザートは子供たちのリクエストで甘めのプリンだった。たしかに、甘いものが苦手な人にしてみれば、食べるのはキツいかもしれない。
「でも、残すのは許さない〜…。」
「わかってるよ、シェフ…私も、君の料理は残したくないからね。」
残せないし、とボソッというのが聞こえたが、聞こえなかったことにする。
スプーンを持ったまま動かないゴールドが、苦手な食べ物を前に頑張って食べようとする子供と重なって見えて、なんだか微笑ましく思えた。
「うぅ…シェフ、悪いのだが珈琲を一杯もらえるかい?」
そう言うと、休憩とでもいうようにゴールドはスプーンから手を離した。
「構わない…。」
俺は厨房に戻り、珈琲を淹れてくるとゴールドの前にカップを置いた。
「ありがとう、シェフ…いい香りがするね。」
「豆がいいんだ…。なにを、するつもりだ?」
ゴールドはミルクも砂糖も入っていない、ブラックの珈琲を一口飲むと、苦笑いしながら俺のほうを向いた。
「珈琲があれば、甘いものも食べれるかなと思ったんだよ…思ったとおり、これならいけそうだね。」
そう言うと、ゴールドはプリンを食べ始めた。
「…どうだ?」
「うん、さすがシェフだね…美味しいよ。少し私には甘いけど。」
珈琲をたまに飲んではプリンを口に運ぶ。…逆に、不味くはないのだろうか?
俺がじっと見ていると、ゴールドと目があった。
「今度はなんだい?」
「…珈琲とプリンは合うのか?」
どうもそのふたつ…しかもブラックの珈琲と甘すぎるプリンの味が合うとは思えない。
「私にはちょうどいいのだけれど…。シェフ、一口いるかい?」
そう言うとゴールドはスプーンでプリンをすくい、珈琲と一緒に差し出してきた。
俺は素直に差し出されたプリンを食べ、珈琲の入ったカップを受け取り、一緒に飲み込む。
「…。」
「…どうだい?」
正直、微妙だな。
「…もしかして、味覚音痴なのか…?」
「どういう意味だい?」
しごく真面目な表情で言えばムッと拗ねた顔が返ってきた。こいつもこんな表情するんだな。
食べ終わったプリンを置き、ゴールドは珈琲の最後の一滴を飲み干した。
「御馳走様でした、とても美味しかったよ。」
賛辞の言葉も忘れない、流石ゴールドだと思う。
「…明日は、お前の好きなものを作ってやる…。」
気がつくと、俺はそんなことを言っていた。
ゴールドはそんな俺の言葉に少し驚いた顔をしたが、すぐにふにゃりと微笑んだ。
「ありがとう、シェフ。」
好きなものを食べたときも、こんな崩した表情で笑うのだろうか。
俺は久しぶりに誰かの喜ぶ顔が見たいと思った。
end.