ひんやりとした風が心地よい。

「…先輩。」

しかし、その風に混じって煙草の独特な匂いもしてきた。

「なんだよ、」

きょとんとこっちを見てくる私の先輩…通称地獄のタクシーは車体にもたれかかって煙草を吸っている。

「この前お客様に煙草臭いと言われて禁煙するって言っていたばかりではないですか。」

はあ、と溜め息をつくと先輩は悪びれた様子もなく、ああ…そんなことも言っていたかもなぁなんてぼやいている。先輩の口から吐き出された煙草の煙がふわふわと上にあがっていった。

それを目で追いながら、私は先輩のほうへ歩み寄り先輩の手にある煙草をひょい、と取り上げた。

「っあ、おい!なにするんだよ!」

先輩が私から煙草を奪い返そうと手をのばしてくる。しかし、私のほうが背が高いからそれは叶わず、諦めた先輩は憎らしげに睨んできた。

「お前なぁ…。」

何か言いたげにしている先輩の口を自分の口で塞ぐ。

「っん、」

触れるだけのキスだが、突然のことに先輩の頬は赤くなった。普段えらそうなことばかり言って私たちをこきつかう先輩だけど、こういうところは可愛い。

「…苦いですね。煙草なんか吸っているからですよ。お客様のために禁煙するのが嫌なのでしたら、私のために禁煙してください。」

にこ、と笑いかけると調子に乗るなと脇腹を蹴られた。先輩の蹴りは容赦がないので私は地面に倒れこんだ。

「何が私のためにだよ、誰がするか。」

「そう言うと思ってましたよ…。」

体だけ起こした私の目に、自分の手にあった煙草がいつの間にか地面に落ちているのが映った。

それに気付いた先輩が口を開く。

「…今日のぶんは、それだけの予定だったのになぁ…お前のせいで吸えなくなっちまった。」

くるりと踵を返し、車内に乗り込む。つまり、今日のところは禁煙するということだろうか。

素直じゃない先輩に少しだけ笑うと、私も車体のほうに足を向けた。

私は自身の仕事を果たすため、タイヤの姿になり、タクシーの一部となり今日も走り回る。




end

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