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お礼小説 // 空月




ゆっくりと深い水底をたゆたうように、水流に身を預けている。
水の流れは己の流れとなって全身を巡り、心の臓から頂点へ、そして足先をぐるりと一周する。
目も、耳も、口も、全部退化して、私に感じるのは水の匂いと凪のみ。
私の周りだけ空間が切り取られたように穏やかに進む。深海魚とは、このような時間を生きるのだろうか。

「ユーリ」
「ああ」

この空間の彼方から名前を呼ばれて返事はしたものの、私はまだこの中に眠っていたい。
ここに身を横たえていると、何ともいえない心地になる。
現実味がなく、薄皮を一枚通して曖昧なものに触れているかのようだ。まるで取り留めがない。

「ユーリ」

ああもう、うるさいな。放っておいてくれ。
私はまだこの中に浸っていたい。

「ユーリ、駄目だ起きるんだ」
「……キース?」

妙に焦ったような男の声がして、私は愛しい者の名を呼ぶ。
瞬間、ざばっと水から引き上げられたように、全身を覆っていた厚い水の層が流れ落ちていった。
重力が身体に重くのしかかった。

目を開くと、キースが泣きそうな顔をして私を見ていた。
どうしたんだ、と聞くと、彼は眉を寄せ苦笑して、私の頬へ手を当てた。

「温かい、……?」

彼の手が温かいのは、私の頬がそれだけ冷たくなっていたということ。
こんなにも自分の身体が冷えていたというのに、全く気がつかなかった。

「君が……冷たくなって、このままだと死んでしまう気がした」

キースが優しく頬を撫でる。
その温かさに、私の身体は徐々に解れていった。
その熱を心地良いと感じる心とは裏腹に、ぱちりと瞬きをするとするっと目尻からこぼれたものがあった。

「ユーリが泣くなんて珍しい。何か、嫌な夢でも見ていたのかい?」

違うよ、と言う。

「ただ、懐かしい夢をみていただけだ」


――深海魚が見る、懐かしい夢を。



空想する10のお題より
02.深海の魚の見る夢は


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