短期の任務を終えて帰ってくると、深夜だと言うのに科学班のスペースには二日前の朝、私を笑顔で見送ってくれた時と同じ場所でデスクワークをこなすリーバーの姿があった。もしかして二日前からずっと同じ体勢なんじゃないかとさえ思ってしまう。気づかれないように背後にそっと立って彼の首に腕を回すと、彼はビクッと反応をして私に気づきこちらを向いた。

「おお、帰ってたのか。おかえり名前」
「ええ。ただいま」

 この言葉を聞きたいから、いつだってここに帰ってこなくてはと強く思う。彼の机の上には科学班自作と思われる栄養ドリンクが何本も転がっていて、目の下のクマからやはりロクに眠っていないことが伺えた。

「部屋に帰ってないでしょう」
「ん、ああ。そう、なのかな。それより、無事で良かったよ」

 私の問いかけを曖昧に濁し、そんなことより、と私の話を聞きたがる。私も私で彼に話を聞いてもらうことが好きだから、気づけば沢山のことを話していた。任務のこと。汽車の道中のこと。同行した新しいエクソシストのこと。

「アレン君、良い子だったわ」
「おお、よかった! アレンも色々あるからな。ちょくちょく様子見てやってくれ」
「でも、また年下。それも十も。なんだか年をとった気がしちゃう」
「ハハ、そしたら俺もおじさんだよ」
「まだおばさんとまでは言ってないわ」

 大きな声で笑いながら、ごめんごめんと眉を下げて言う彼。髭も伸びているし、シャツも汚れてる。今夜くらいはちゃんとベッドで眠れるのだろうか。そうしたら、一緒にお風呂に入って髭もそってあげるし、シャツも新しいのにパリッとアイロンをかけてあげるのに。

「リナリーや神田も。長くいるからしっかりしているように見えるけど、やっぱり年相応らしくいられる相手が必要なんだよ」
「そうね。私で力不足じゃないといいんだけど」
「大丈夫さ」

 彼の手が伸びて来て私の頭の上に置かれる。捉えようによっては子供扱いともとれるけれど、私は彼にこうされることが好きだ。

「今日は、部屋で眠れそう?」
「名前が帰ってくる日には部屋に戻るつもりで仕事してたからな」

 朝も少しはゆっくりできると思う、と優しく笑った彼。きっと私のために仕事を無理して詰めたのだろう。ただでさえ班長という役職上仕事量が多いのに。そんな彼の優しさに胸がじんわりと暖かくなる。

「ありがと。大好き」
「ああ、俺もだ」
「髭も、剃らなくちゃね」

 抱きついて彼の顎にそっと手を這わせる。まちまちに延びた一本一本を撫でるように。

「じゃ、とりあえず風呂だな」
「久しぶりに一緒ね」

 仕事が一段落ついたのか、椅子から立ち上がり背伸びをした彼。パキパキと関節の鳴る音が聞こえて、長時間同じ体勢であったことを改めて感じさせられた。

「覚悟しとけよ」
「あら、徹夜明けなのに機能するの?」
「……お前、可愛くなくなったぞ」
「ふふ、綺麗になったってこと?」

 歩く彼に寄り添えば、彼は一つ溜息をついてから私の手をとった。一本一本指を絡める繋ぎ方で、尚且つ私に歩調を合わせてくれる彼が好きだ。

「さっきおばさんが嫌だみたいにいったけど」
「ああ」
「貴方と二人なら、おじさんおばさんどころか、お爺さんお婆さんにだってなりたいのよ」
「……ずるいぞそんなこと急に言うなんて」
「なんとでも言いなさい。でもね、遠い未来を想像すると、どんな時でも頑張ろうって思えるの」

 小さくてもいいから庭付きの家で、近くには美味しいパン屋さんがあるの。朝一番に買いに行って、美味しい朝食を作って、難しい顔をして新聞を読む貴方を朝ご飯よって呼んで。私たちがお爺さんお婆さんになっているってこもは、リナリーたちも結構いい歳よね。皆でチェスやカードをやったりして、あの時は大変だったねって何度もした話をしながら、お昼からワインなんて飲んじゃえたら最高だわ。
 私の話を歩きながら聞く彼の横顔が穏やかなのを確認して安心する。もしもこういう時、悲しい顔をされてしまったら意味がないのだ。

「神田は……仏頂面でお茶でも飲んでんのかな」
「それ、今と変わらないわ」

 二人して幸福な未来を想像して笑い合う。部屋の前に着くと、少し真剣な顔をした彼が私の肩を掴んだ。

「絶対に、実現させような」

 彼は真っ直ぐな視線で私を射抜いて、そのまま額にキスを落とした。がちゃ、とドアノブに手がかかり、彼の部屋の匂いに包まれる。本の匂いの中に私のあげたアロマオイルの匂いが微かに混じっていた。

「今日はマッサージもしてあげる」
「ん、どうした?」
「なんでもない」

 いいから、と急かすようにドアに鍵をかけ、彼のボタンに手をかけると、その手をそのまま掴まれて抱き寄せられた。彼が私の首筋に頭を埋めているせいでチクチクと伸びた髭があたるけれど、それすらも愛おしいと感じる夜だった。

:)141007
title:さよならの惑星
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -