練習を終えて一目散に部室へ向かう俺を、事情を知る秋丸がにやつきながら見ていた。いつもならばそれにムカついて怒るところだが、今はそんなことをしている余裕がない。

「急いでるねえ」
「うっせ!」

 シャワーを浴びて、制服に着替える。今更だが、私服を持ってくればよかった。練習着の入った鞄を担いで、これからシャワーを浴びようとする先輩たちとすれ違う。

「おー榛名、気合入ってんねえ」
「デート頑張ってこいよー」
「あ、秋丸っ!」

 どう考えても秋丸が先輩たちにリークしたとしか思えない。当の本人はと言うと、俺の怒号にも反応せずに澄ました顔で牛乳を飲んでいる。ふと時計に目をやると、六時を過ぎていた。やばい、早くしないと……!


「名前さんっ!」
「あ、お疲れー」

 走って駅前まで行くと、そこには浴衣姿の名前さんの姿があった。はりきりすぎちゃったかな? と困ったように笑う名前さんに、俺は全力で首を左右に振って否定した。もし、俺とのデートにはりきってくれたのなら、こんな嬉しいことはない。

「すっげえ似合ってます」
「本当? なら良かった」

 可愛い、と出掛けた言葉を恥ずかしさから引っ込めてしまう。やっぱ俺もせめて私服持ってきたらよかったな……と後悔が押し寄せるなか、名前さんは俺の隣に並んで、俺の顔を覗き込んだ。

「いこっか」
「は、はい」

 あんず飴にたこ焼きにかき氷。雰囲気だけでもお祭りと言うのは楽しくなるものなのに、更に隣に名前さんもいる。きっと傍から見たら付き合っているように見えるんだろうな……なんて考えると口元がにやけてしまう。
 そんなことに思考を巡らせながら歩いていると、ふと、隣から名前さんが居なくなっていることに気づく。ハッとしてあたりを見渡すと、数歩後ろで人の流れに巻き込まれている名前さんがいた。

「名前さん」

 慌てて近寄って手をとると、名前さんは安心したように笑ってから来るのが遅い、と言って頬を膨らませた。その表情に、胸が大きく高鳴る。

「す、すみません」
「ううん、ありがと」

 じゃあお姉さんが何かおごってあげよう、と断ったのにやきそばとわたあめを買った名前さん。繋いでいた手が財布を出すときに離れて少し寂しく思う。向こうで座って食べよう、と石段のあたりをさして俺の手をひく名前さんに、またドキリとさせられる。
 石段に腰掛けてぼんやり明るい提灯の連なる灯りをみながら、俺は隣で買ったやきそばを開ける名前さんにドキドキしていた。一緒に食べよう、と割り箸を渡してくれた名前さんからそれを受け取る。

「私も、」
「え?」
「制服できたらよかったかな」
「え、あ、」
「ううん、冗談」

 でもちょっとだけ高校生って感じ味わえたかなって、と口元を緩めた名前さん。俺も名前さんの制服姿がみたかったなあと思う。名前さんがマネージャーやってた時に、俺も部員でありたかったなあ。

「あの、先輩」
「なに?」

 つい口についた言葉は、俺の本心からでた言葉だった。本当のことをいったら、ずっと気になっていたこと。メールをしてる時も、勿論今だって。名前さんと一緒にいてドキドキしたりする度に、いやってくらいそのことを思い出す。知らないふりをしているのはもう限界だ。

「名前さんて」
「うん」
「彼氏、いるんすよね」

 俺って名前さんにとってなんなんですか。一番聞きたかった言葉は、でてこなかった。それは、ふと見えた名前さんの横顔が一瞬寂しそうで悲しそうにも見えたから。

「三年の誰かから聞いたのかな」
「え、あはい」
「いないよ。正確には別れたばかりだから、その子が言ったことも間違いではないんだけど……」

 目尻を下げて笑った名前さん。答えは俺が思っていたような難しいものでも複雑なものでもなくて、一瞬でも名前さんって軽いんじゃあ…と思ってしまった俺をぶん殴りたい。

「初めて榛名君にあった時あるでしょ?」
「はい」
「あれは、別れたばかりの私に涼音が気を使って呼んでくれたの」

 初めて名前さんとあった時、つまりあの練習のときということか。

「私、なんとも思ってない男の人と二人で出掛けたりしないからね」
「そ、それって…どう」
「榛名くん」
「は、はい」
「改めて、おめでとう」

 遠くで花火の音がした。ゆっくりゆっくり名前さんの顔が近づいて、俺と名前さんの唇が触れる。柔らかくて、良い匂い。目を閉じるのも忘れて呆ける俺に、唇を離した名前さんの睫毛が揺れる。
 また、花火の音がした。


この三秒の意味を教えてください
 手を繋いだ帰り道、俺はそのことで頭がいっぱいだった。
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