今日も烝はずっと窓の外ばかり見ていた。授業なんて聞いてない、そんなこと私たち生徒は勿論先生だってわかっているけど、それを誰も口にしない。今の烝に注意なんて出来ないのだ。
 少し前までだったら沖田くんなんかがそれをみてくすくすと笑って、それで原田くんが大声で茶化してそして今度は原田くんが怒られて。それを見てこんどは藤堂くんや永倉くんが騒いでまた怒られる。そんな馬鹿みたいな悪循環でも、それはそれで私は楽しかったし、きっと皆も一緒だったはずだ。
 昼休み、やっぱり私たちのいつもの場所に烝は来なくて、沖田くんに相談したら暫くそっとしておいてあげましょう、といわれた。勿論わかってはいるけれど、それでもこう、胸が締め付けられるみたいに苦しくなった。
 烝のいないお昼はなんだか凄く味気なくて、会話もあまり出来なかった。

 不慮の災難だった。アユ姉が亡くなったのは。私だって辛かった。昔からアユ姉は私の相手もしてくれたし、烝のことで相談にものってくれた。誰よりも優しくて、頼れる綺麗でかっこいい私の憧れのお姉さんみたいな人だった。
 だけど私の辛さなんて比にならないくらい烝は辛い。こんな時に、何を言ってあげたらいいのはわからない自分が情けなかった。葬儀中一度も涙を見せずに喪主を勤めていた烝は、とてもじゃないけど見ていられなかった。

「烝、」
「なんや」
「…夜ご飯うちにきなよ、今日お母さんがそう言ってて」
「悪い」

 帰り道。長年付き合う前からずっと続いているこの習慣だけは一応護ってくれているけれど、あのことがあってからはやっぱり会話はあってないようなものだ。今朝の母親の言葉を伝えても、案の定な返事。仕方がないって、わかっていてもどうしようもない自分にまた嫌気がさす。私は烝の幼馴染ってだけで恋人なんて肩書きがあったって、何もしてあげられやしない。

「そうだあのね烝」
「やっぱり」
「え?」
「やっぱりお前にだけはいわなあかんな、て」

 何か話題はないかと探して何とはなしに話題を振ろうとした私の言葉を遮った烝に、なにを?そう聞き返そうとしたら、その前に烝は私の手をぎゅっと握った。少し肌寒くなってきた所為か、私の手も烝の手も血が通ってないみたいに冷たかった。どうしたの、と見上げるようにして烝の顔を覗き見ると、そこには今にも泣き出しそうな顔をした烝がいて、少し驚いてしまった。

「俺な、」
「うん」
「卒業したら警官なろ思う」
「うん」
「そんで姉貴殺した奴捕まえるんや」

 今まで見たこともないくらい辛そうな顔をして、そう言った烝は私からそっぽをむいた。その言葉の中には今まで一緒に行こうね、なんていいながら二人で目指していた大学には行けなくなったこととかが含まれていて、そっと烝を抱きしめれば、烝は少し吃驚していたけれど、暫くして私の背中に手を回してくれた。

「泣いて良いのに、なんで我慢するの」
「男は泣いたらあかん、」

 姉貴の言葉や。と震える声で言った烝に今日くらいはきっと許してくれるよ、そう言えば肩に生温かい感触がした。嗚咽を漏らす烝の背中をあやすように撫でてみれば子供扱いすな、なんて言われたけれど、こんな時くらいは甘えてくれたっていいのに、と思う。


苦しくて、痛い
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