久しぶりに町にでると、師走ということで人が忙しなく行きかい賑わっていた。特に目的もなく、暫く散策したらお茶でも飲んで家にかえるつもりの私の歩く速度は、この町の人たちとは合わない。
 ぼうっとただ通り過ぎる人々をなんとはなしに眺めていると、見知った顔が遠くから急いで走っていた。師走。その名の通り、師かが走っていた。

「名前さん」
「え!あ、本田様!」

 無意識のうちに呼びかけていて、私の声に少し驚いた顔をした彼女は立ち止まる。

「どうされたんです、そんなに急いで」
「学問所に儒学の大先生がいらしているらしくて、さっきまで私授業だったのですがどうしても諦めきれなくて……」
「ああ、清からいらした儒学の。それでしたらもう終わってしまっているかと……」
「え、ああ! もうこんな時間! そうですよね。私、なにしてるんでしょう……」

 恥ずかしそうに頬を染めた彼女の手には、授業で使ったのであろう本があった。本当に授業を終えてそのまま来たようだ。

「その本は」
「これですか? 寺子屋の授業で使っているものなんです」
「寺子屋? 藩校ではないのですか?」
「藩校でもやっているのですが、寺子屋で教師をやっている知り合いに是非、と」
「慕われているのですね」
「とっとんでもない! 生徒たちにはからかわれるし、とても先生なんて立派なものじゃ……」
「でも大奥で」
「あれも女の教師が珍しいのと、あの特殊な場所ゆえ仕方なくでございます。私には荷が重すぎて……」

 肩書きばかりが大きくなってしまって困っています、と彼女は眉を下げて笑った。

「しかしご両親からしたらご自慢の娘さんでしょう」
「女が学問というだけでも良い顔をされませんのに、理解してくれる両親には頭があがりません……」

 一つに括られた彼女の黒髪がさらさらと冷たい風に揺れる。
 
「このあとのご予定は?」
「とくに、ありませんが……」
「ならば、少しお茶でも如何です?」

 丁度目の前にお茶屋がありますから、と指させば、彼女は暫く考えたあと小さく縦に頷いた。

「あ! 名前ー!」
「名前せんせー!」
「名前が男の人といるー!」

 口々に聞こえる彼女の名と子供の声に振り返ると、そこには数名の子供がこちらを指差し楽しそうにしていた。ああ、この子達はもしかして……。

「こら、呼び捨てやめなさいって言ってるでしょ! もう、暗くなるからそろそろ帰るのよ」

 子供たちに向かっていく名前さんに、予想は確信へと変わる。この子達は彼女の生徒さんたちなのでしょう。
 それにしても、子供たちと関わる時の彼女の楽しそうな顔といったらない。次々に彼女をからかう子供たちに、彼女は叱りつけるようにして笑いかけている。私の知っている師というものとは大きくかけ離れているが、こんな師も良いものですね。私もこんな人にものを教わってみたかったというものです。

「ねえ、お兄さんは名前のこと好きなの?」

 彼女を見ながら物思いにふけっているところに話しかけられ、目線を低くすると私の足元には彼女の教え子の一人。
 こら! とそれに気づいて止めようとする彼女を見て、なんだか私もこの中に入りたいとさえ思ってしまう。

「ええ、ご立派でとても尊敬しておりますよ」

:)121128
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