あれは寒い寒い冬のことでした。

「武家の娘が藩校で教鞭をふるっているらしく、それがまたわかりやすいというではないか」
「へえ、女がですが。珍しいですね」

 将軍の側室の子供に、専任の先生をつけるということらしい。正室に男児がいない以上、その子が時期将軍に最も近くなるわけだ。

「もうすぐ見える、本田様もどうです?」

 私のことをただの重役としか聞かされていない目の前の男は、腰を低くしながら私をその新しい先生とやらの初お披露目に誘ってきた。別段断る理由もない私は、その言葉を受け取り促されるままに一つの部屋の前に連れていかれた。

「中に入りましょう、この寒さは身に染みます」

 男によって静かに襖が開く。何度か見た派手な着物を着た女が側室で、その隣にいるのが若き将軍候補であろう。そしてその向かい。はっきりとした色ではあるが柄がない。一見質素な着物を着て、背筋を綺麗に伸ばした女。それが私と名前が初めて出会った時でした。

「あら、本田様いらしてたんですか。こちら新しい先生の……」
「はじめまして。名字名前と申します。よろしくお願いいたします」

 武家の娘と聞いていたが成る程。立ち振る舞いがしっかりとしていて、品がある。名字という苗字はあまり聞かないが、武家といえどあまり良い身分というわけではなさそうだ。それでも女で時期将軍の専任教師というのはすごいことだ。さぞ、博識なのだろう。

「はじめまして。本田菊と申します」

 女なのに、と最初はひっかかったものもあったけれど、考え直してみると納得するものがある。まずはここは大奥である。男子禁制、と一応言われているこの場所でしかも子供の学問を見るのだから女であった方が好ましかったのだろう。それにしても、もっと権威のある者ならいざしらず、こんなに若いとは思わなかった。今思えば、きっと私はこの時すでに彼女に惚れてしまっていたのでしょう。


:)121128
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