それは去年の春先のこと。
 大好きだった先輩たちも卒業して、私は一年生から二年生へと進級をした。別にさして変わったこともなくて、はじめは耐えられなかった先輩たちのいない部活も委員会も、一つ上の先輩の支えられながら慣れてきていた。そんな最中だ、彼に出会ったのは。

「女の子一人じゃ大変やろ?俺も運ぶの手伝うわ」

 いきなり目の前にいて、初めて交わした言葉。突然のことに驚く私に、彼、もといアントーニョ先輩は私が抱えた荷物をひょいと持ち上げてしまった。申し訳なくて謝ると、謝るよりもお礼が欲しいわーなんて茶化されたのが、今思えばきっかけだったのかもしれない。

「アントーニョ先輩って、同じ部活だったんですね」

 幽霊部員ですけど、と付け足した放課後の部室は、別に私とアントーニョ先輩の二人きりというわけではなくて、それでも気持ちだけは二人きりのような感じだった。失礼な意味じゃなくて、先輩に地学部って似合う感じがしない。どちらかといえば圧倒的に体育会系ってかんじだ。
 手厳しいわあ、なんて笑う先輩はだって一年って部活加入すんの強制やったやんかあ、それで一番楽そうなとこ入ったはええけど俺そんな地学的なこと興味あったわけちゃうし、仕方あらへんかったんよー。それで二年も幽霊部員ですか?そんな笑わんといてよ。
 くだらない会話でも、先輩と一緒だと妙に気持ちが楽になったし、なにより楽しかった。先輩は二年も顔を出さなかったなんて思えないくらいに周りに溶け込んでいて、私も先輩と知り合ったのがついこの間とは思えないほどに懐いていた。
 少しずつ、少しずつ、先輩に惹かれていった私は、無意識のうちに、いつも先輩の姿を追っていたんだと思う。だから部活に先輩が顔を出さない日は、帰りに先輩のクラスを覗いてみたり、携帯とにらめっこしたりもした。
 先輩がいないとさびしいんですよ、なんて茶化していったこともあったけど、それはあながち冗談ではなくて。

 夏の合宿、てっきり先輩は来ないかと思っていたけど、その参加用紙締め切りの最後の日、先輩が息を切らして部室に来たときは心臓が跳ねたかと思った。それくらいにびっくりしたし、それにくらいに嬉しかった。

「先輩、参加しないかと思ってました」
「去年も一昨年も参加せえへんかったしなあ、この合宿で引退やと思うと参加せなあかんような気がして」

 それに…と言葉を継ごうとした先輩はいったんそれをきって、二の句をついだ。

「なあ、合宿ってなにするん?」
「今年はどうだかまだよくわかりませんけど、去年は高原で星を見て、それでみんなでキャンプしてバーベキューしました」
「楽しかった?」
「はい、とっても」
「失敗したわー」

 失敗?と私が首をかしげると、先輩は少し目を細めながら笑った。何が失敗なんですか?ともう一度聞きなおすと、先輩は持っていた参加用紙の縁を小さく折って、続けた。

「俺もちゃんと参加しとけばよかったわーって」

 たしかに、先輩は去年も一昨年も幽霊部員で顔も見せなかったんだからそうかもしれない。でもなんで、なんで今年はこうあしげく通ってくれるのだろうか。去年と部活の雰囲気も別に変わってなんていないのに。
 だけど、この合宿で先輩がいなくなってしまうと思うと、急に私まで辛くなってくる。
 そうか、この合宿が終わったら先輩はいなくなってしまうんだ。

「俺、本当はずっと地学部なんてくるつもりなかったんよ」

 それなりに友達とつるんであそんどったし、バイトもやったりして結構楽しんでたんや。部活なんて形だけでよかったし、卒業までそれで通すつもりでいた。せやけど…。

「俺、好きな子できてな」

 はじめはちょっと危なっかしい子やなあ、くらいで別にそんなに気にならなかったんやけど、でも話してるうちにもっと一緒にいたいわ、って思うようになってしまったんよ。でもそれってちょっと遅かったっていうか、俺ももう少しで卒業してまうやろ?
せやから…。

「さっきの続き、俺その子がおったから、部活も合宿も、でようって思うようになったんよ」


もっと前から知ってたら、もっと前から好きになれてたのになあ
 その子が私だって気づいたのは、それから十数秒くらいたってからだった。

:)090908
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -