びゅおと大きな音を立てて風が吹いた。その風のせいでスカートがゆれることなんて、まるで気にも留めていないように無反応な彼女は屋上の端っこの手すりに寄りかかったまま。俺がこのドアを開けたことにすら気づいていない様子だ。
「こんな風の強い日にこんなとこにいるなんて、お嬢さんは随分物好きだね」
「…フランシス」
振り向いたその目にはうっすら涙が溜まっているのがわかった。それを見られないようにと無理して、フランシスこそ物好きじゃない、と言って笑う。
どうしたのよ、と何も知らない風を装えば、彼女は別に、と答えをはぐらかした。
「風に当たりたかっただけだよ」
嘘だ。本当はここから見えるサッカー部の練習を、そしてその中で目立つほうではないけれど、男女ともに分け隔てなく接することもできて、万人から好かれるタイプのあの男を見てるんだ。俺はあんまりそいつのことを知らないが、アントーニョに聞いたところによると、そいつはサッカー部のマネージャーと付き合っているらしい。
遠く過ぎて顔なんて見えないけれど、そのマネージャーからタオルを渡されてはにかんでいる様子が見て取れるよう。
「じゃあお兄さんも一緒にあたっちゃおうかな」
「風邪ひいてもしらないから」
そして今朝、その二人が一緒に登校している姿を俺たち二人は目の当たりにした。といっても俺はその事実を知っていたからさほど驚きもしなかったが、彼女は違ったようだ。そこから今日一日ずっと、無理をして笑っているように見えた。
だから帰りはいつも一緒に帰っているギルとアントーニョをとりあえず帰らせて、一人で探していたが、見つけるのは意外に簡単だった。
「ねえ、」
「なに」
「今日一日、ずっと無理してたでしょ」
途端に黙りこくった彼女は、制服のスカートの裾をぎゅうと握り締めた。確信に触れてはいけないような気もしたけど、でもそれじゃなんの為にここまで来たのかがわからない。
「フランシスはさ、」
「うん」
「お節介だよ」
「うん」
「わかってたなら、なんで一人にしてくれないの」
「うん」
「だって私…!」
フランシスにも、ギルにもアントーニョにも、こんな顔見られたくなかったのに…!
くぐもったその声は嗚咽へと変わっていった。彼女のそういう人を気遣って、逆に自分の首を絞めるところは前々からなんとなくわかっていたつもりだ。だから今回はあの二人をおいてきた。俺はそれでよかったのだろうと思う。泣き崩れる彼女を目の前にして、抱きしめることもキスをすることもできない俺は、暫く彼女の手を握って余ったもう片方の手で彼女の背中を撫でた。
「あんなに可愛い彼女いたんじゃ、しょうがないよ」
二人ともいい人で、似合いすぎてて、こんなんじゃ私嫉妬もできないや。
泣きはらした目で笑った彼女は、もっと早く知ってたらよかった、と切ない声で小さく呟いた。
「お兄さんが今日何か奢ってあげるよ」
「…ありがと」
私フランシスみたいな人を好きになったらよかったな、あの人はこうして私が泣いてても、それに気づいてすらくれないんだから。
少し自嘲気味に笑った彼女は、立ち上がってスカートについた砂をはたいた。
そのとおりだ、俺のことを好きになったらよかったんだ。そうしたらこんな辛い思いだってさせやしない。でもそれはきっと意味のないたとえ話で、結局、こんな風になったところで彼女はこれから暫く、あいつを想いながらすごしてゆくのだろう。
「俺も馬鹿だな」
平行な二直線は、どこまで行っても交わらない
どちらかが曲がることなんて、あるのだろうか。