「いい加減口あけな見れへんやろ!」
「だってアントーニョが先生だなんて聞いてない!」
「もう我が儘もいい加減にせな、なにがそんなに不満やの」
「…危なっかしい」

 始まりはというと昨日の夜、私が食後のデザートに舌鼓をうっていた時のこと。いきなり奥歯に刺すような痛みを感じて、いや間違いだろう、この年になってそんな虫歯だなんて、ねえ、ともう一度意識をしながらデザートを口に運ぶと同じく激痛。これはもしかしなくても、絶対に、認めたくはないけれど、虫歯だ。
 だから昨日はその楽しみにしていたデザートも断腸の思いで諦めて、朝市で新しくできた評判のいい歯医者へ予約を取ったんだ。噂では腕も顔も気立てもいい先生がいるとのことだったからここにしたのに、それなのに、いざ綺麗なお姉さんに案内されてみれば、そこにいたのは学生時代からの友人のアントーニョ。そりゃ確かに期待したかもしれないよ、格好良い先生っていうのに靡いちゃった感は否めないよ。でもそれがアントーニョだなんて思わないじゃない。それに確かに歯医者になれたって話は聞いていたけれどこんな近場だなんて聞いていないし知らなかったんだから。知っていたら来るわけがないもの。
 それで冒頭に至る。

「お前俺が歯科医師なれたってゆうたらおめでとうってゆうてたやんけ!」
「そりゃ言うわよ!あの馬鹿だったアントーニョがお医者さんだなんて信じられないくらいだったもの!」
「馬鹿ゆうなや!俺の頑張りを知ってるからこそ大丈夫やって思えるやん!」
「思えないよ!だっていつも度胸試しやーとか言ってあえて危ない道を行くような男だって知っちゃってるんだから!」

 やいやいとどのくらい騒いでいたのかは分からないけれど、さっき私を案内してくれたお姉さんが止めに入るまで、私とアントーニョの学生時代を思わせるような言い合いは続いてた。それが終わってから、アントーニョに怒られたやんけ、と頬を片手で掴まれて、反撃しようとしたらいきなりまたあの痛みが襲った。

「ほうら、やっぱり辛いんやろ?」
「そっそんなことない」
「見栄張っても可愛ないで」
「うっさいな」

 ほら、なんでも好きなもん奢ったるから見してみ。
 マスクと白衣のせいだろうか、いつもよりもアントーニョが大人に見える。渋々口を開けて、痛くしたら怒るから、とだけ告げてあとはアントーニョに任せてみると、ゴム手袋をはめた手でいろいろな器具を操るアントーニョはまるで、いつもと別人だった。さして痛みを感じることもなく、私はというと真剣な眼差しで私の咥内をさぐるアントーニョを見ていた。

「はい、じゃあ口濯いで」
「ん」

 はーここまで長かったわーとわざとらしく伸びをしたアントーニョは、私の頭をぽんぽんと叩いてどや顔で、痛くなかったやろ?と笑った。
 なにそれ、と照れからそっぽを向く私になんやもー照れやさんやなあ、と何故かアントーニョはご機嫌のようで、さあて、と立ち上がってからちょっと表で待っとって、と奥へ消えた。
その意味がよく掴めない私は、痛みのないすっきりした歯で会計を済ませてから、その歯医者の前で待ってみる。別に暫くしてこなかったら帰っちゃえばいいもの。

「おう、どうせ暇やろ?」
「うわ、何それうざ」
「ええから、なんでも好きなもん奢ったるゆうたやんけ」

 2000円までなら好きなとこ連れてったるわ、と助手席をさしたアントーニョに私は、上限あるのかよ、なんて憎まれ口を叩きつつ、その助手席へた腰を下ろした。

結局ここに落ち着いて
 久しぶりなのに、全然久しぶりな気がしないの。



:)091202

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