綺麗なネオンは目がチカチカするだけ。夜空を見上げても明る過ぎるせいかまともに星も見ることの出来ないこの街を、私は背伸びをしながら毎晩歩いてる。
「人の男とってんじゃないよ!」
もう夜というよりは夜明けと言った方がしっくりくる時間帯。ヒステリックな怒声が響くのと一緒に、コップに入っていた水割りをぶっかけられた。冷たいし酒臭いしで今すぐにその場を立ち去りたかったのは私だけど、先に立ち去ったのは目の前にいた彼女の方。
控室にはもう誰もいなくて、店内に数人のボーイが片付けをしているだけだった。今日は同伴をしてしまったから車もないし、もし比較的仲の良い子がいたら車に乗せてもらおうと思っていたのにこれじゃあ到底無理そう。始発といえどこの状態で電車に乗るのは辛すぎやしないだろうか。
仕方なしに身支度だけ整えてから店をでると、目の前には今二番目に見たくない、さっきの原因を作った男の姿があった。一番は言わずもがな、だ。
「水も滴るええ女やな」
「覗き見なんて悪趣味」
「覗き見ちゃうわ、俺の目の前で勝手にやりよったんやから」
クラブの控室の前にいた時点でおかしいけど、と思ったけどこの男に関わるのも面倒臭いから言うのはやめにする。
大体さっきのだって誤解だ。
私はこの男と付き合っている訳でもなんでもないのに、わざとややこしくなるようにするから。
「もっと媚びてもええやん、ナンバーワンホストやで」
「お客さんとして来たら媚びてもいいけど」
「可愛ないなあ」
そんなに怒っとるん?
小首を傾げて私の顔を覗き見た彼は、まあええわ、と私の頭にタオルをおいて手をひいた。
一体何なんだ、と状況を飲み込めない私をよそに道路横に停めてあった黒塗りの車の助手席に押し込まれる。
「ちょっと!人さらいなんて犯罪…っ」
「あほ、家まで送ったるっちゅーこっちゃ」
そんなナリで帰らせられるか、とキーを差し込み回しながら、少し照れたように彼は言った。私はというと、意外な親切を浴びせられて少し、いやかなり困惑している。
てっきり、同僚に誤解をされた私を笑いにきたのだと思っていたもの。
「ねえ」
「なんや、そっちから話しかけてくるなんて、珍しいこともあるもんやな」
今日は雪でも降るんちゃうか、と笑った彼はそれでどないしたん、と一瞬だけ前じゃなく私に視線をずらした。
冷えるからと貸してくれた高そうなコートを羽織りながら、私は口を開く。
「なんであの場でキスなんてしたの」
「えー衝動やんけ」
「違う、彼女が見てたことも、私がその彼女と同じとこで働いてるってことも知っててやったんでしょ?」
えらい刑事さんみたいやなあーと、はぐらかすように笑った彼は、確かに全部知っとったなあ、なんて含み笑い。
ホストなんて仕事じゃ、そういった面倒事はなるべく避けたいはずじゃないのだろうか。
彼から借りたコートの裾を掴みながら彼を見ると、調度一瞬目があって、急停止。
「やだ、急に…っ」
「好きな子の困る顔が見たかったんやろなあ」
その小学生のような馬鹿な理由とは裏腹に、私を見つめる熱っぽい視線からは目が離せなかった。
:)091118