「ああーまじで皆ありがとー」

 口々に飛び交うのは、お酒の力故か妙に感傷的でテンションの高いものばかり。時計を見ると朝六時をすぎたところで、振袖の着付けをしてもらったのが二十四時間も前のことだなんてとてもじゃないけど思えなかった。
 数年ぶりに会ったかつてのクラスメイトは面影を残しつつも、やはり皆大人びている。化粧を覚えて着る服も変わって、形だけあのころと変わった私も、周りからは大人になったと思われているのだろうか。

「男子は家近い女子送ってってなー!」

 幹事をしてくれた男の子の声に、口々に周りで行くか、などの声が上がる。そういえば、中学生の頃は誰が誰に送ってもらうってのが暗黙の了解で決まっていたなあ。私をいつも送ってくれていたのは……。

「行くか」
「うん」

 中学の頃から背が高かったけど、久々に会った影山は凄く大きくなっているようにみえた。一次会も二次会も、ひいては三次会もあまり話せなかったことを私があまり残念に思わなかったのは、きっとこうなることを期待していたからなのだろう。

「背、伸びた?」
「ん、まあ、伸びたな」

 まるで今生の別れかと思うような大げさなさよならを皆として、影山と二人家路を歩く頃には空が少し明るくなりはじめていた。でも、もしかしたらこれが本当に今生の別れになってしまう人もいるのかと思うと少しばかり感傷的になってしまう。

「でもいっぱいきたね。うちのクラスほとんど来たんじゃないかな?」
「ああ、幹事がすげー連絡回してたしな」
「皆の連絡先なんてどうやって手に入れたんだろうね」
「な」

 学年会でのドレスコードの為に高いヒールを履いてきたのにあまり疲れないのは、きっと影山が私の歩幅に合わせてくれているからだ。昔、体育祭の打ち上げの帰り道。こうして二人で歩いた時、歩くのが早いと私が言ってから影山はずっとこうして私に合わせてくれる。そんなところが好きだった。

「スーツ、似合ってんじゃん」
「それ、本当に思ってんのか?」
「思ってるよーんふふ」
「何笑ってんだよ」
「内緒ー」

 褒め言葉を素直に受け取れないところとか、からかうと面白いくらい反応してくれるところとか。昔と何も変わってない。そんなところが嬉しくて、あのころから五年もたったとは考えられなかった。ふわふわと心地よい気分。まだ体内に残る微量のアルコールが、血液と一緒になって身体中をめぐっているような気がする。それゆえか、いつもよりも少し素直な自分でいられた。

「皆大人になってたね」
「ああ。女子なんて名前言われないと半分くらいわかんなかった」
「私は?」
「お前はわかった」
「なんで?」
「……子供っぽいから」
「なにそれー」

 ちょっとだけ、胸が苦しくなった。うまく息を吸えるように、わざとらしくおどけてから一呼吸整える。私のことをわかったって言ってくれたのは嬉しかったのに。でもきっと何を言われても私はその一言の意味を重くとらえたんだろうな。

「もう朝だね」
「そうだな」
「これから学校?」
「いや、休み」
「そっか、私も」

 会話がなんとなく不自然になってしまうのはどうしてだろう。思えば昔も私が話してばかりだった。それでも、テンポよく会話が続いていたように感じるのはなんでだったんだろう。暫く他愛無い会話を続けていると、私の家まであと五十メートル程というところで雨が降ってきた。

「あ、雨だ」
「ほんとだ」

 ポツリポツリと一粒ずつから始まった雨はすぐさま勢いを増して本降りへと変わった。

「これ、で、走るぞ」
「えっ、あ!」

 これ、と言って影山は自分のスーツの上着を私の頭に被せた。そして戸惑う私を他所に、ぐっと手をとって走り出す。引っ張られるような形で影山についていくのがやっとな私は、頭がこんがらがる中場違いにもスーツから香る影山の匂いに少し嬉しくなっていた。

「ハァ、大丈夫か?」
「っ私は全然。それより影山が」

 私の家の前について、屋根のあるガレージ部分で立ち止まる。自然と離れた手が少し寂しい。息が上がって暫く呼吸を整えるのに時間がかかった私とは裏腹に、影山は小さく息を乱してたもののすぐにいつものように戻っていた。やっぱり男の子って凄い。

「俺は大丈夫だ」
「あ、待ってて!」

 髪の毛からぽたりぽたりと水滴を垂らして、ワイシャツの前面がびっしょり濡れて色が変わってしまっているのに大丈夫なわけがない。急いで家に入ってタオルと傘を持ってきた私は、そのまま影山に渡した。

「わり」
「ううん、私こそごめん」
「なんでだよ」
「だって上着貸してもらっちゃったし……」

 頭をわしゃわしゃと乱暴に拭いた影山は、俺が好きでやったんだ。とそっぽを向いた。雨のせいで影山と一緒にいられる時間が少し短くなってしまったと思ったけれど、思わぬところで影山の優しさに触れられたような気がした。
 ある程度身体を拭き終わった影山は、髪の毛を適当に手でなおしてから私にタオルを返してきた。

「さんきゅ」
「うん」
「……さっき、言ったことだけど」
「ん?」
「お前、大人っぽくなったよ。驚いた」

 影山はさっきみたいにやっぱりそっぽを向いていたけれど、耳が真っ赤になっていて、こっちまで顔に熱が集まる。

「でも、お前がどんなに変わっても俺はわかんだよ」

 それが何を意味するのか見当がつかないほど私は純真ではなくて、こんなに外が寒くて息も白いのに頬も耳も熱くてたまらない。

「ずっと、好きだったから」

 ぼそっと小さな声だったけれど、私にはしっかりと聞こえた。勢いよく後ろを向いて傘持っているのに閉じたまま走り出した影山の背中を見て、私もたまらずに同じ言葉をその背中に投げかけた。
:)130203

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