バイト終わりの帰り道。街頭もまばらな田舎の夜の道は、さびしいくらいうすぼんやりとしていて、なにより寒い。厚手のコートは命綱で、マフラーは必需品だ。冷たくて感覚の無くなってしまいそうな鼻をマフラーで隠す。家まであともう少し。そう思って顔をあげると、自宅前に一人の人影があった。約束をしていた覚えはないから、鍵を忘れてお父さんあたりが家に入れなくなっているのだろうか。時間的にはもう十二時を回っていて、他の人は寝ているだろうし。あらゆるところに思考を巡らせながら歩を進めると、それはお父さんではなくて、もちろん他の家族でもないことに気づく。

「影山?」
「……おう」

 そこには中学時代の同級生で、三年間同じクラスだった影山がいた。影山はたしか烏野高校に行ったと聞いた。三年の終わりにそれを聞いてショックだったことと、でも少し安心したことを思い出す。影山とは一年の最初から席が隣で、無口な影山に何かと構って煙たがられていた。でもそれも最初だけで、そのうち影山から部活や成績の話など、いろいろ話してくれるようになった。あの時はなんだか嬉しかったなあ。二年生の時なんて一緒にテスト勉強をしたこともあったし、私は影山の数少ない理解者だと勝手に思い込んでいた。
 三年の大会も、私は見に行きたかったけれどそんなことをしてしまえばからかわれるに決まっていたし、なにより彼女気取りのようで恥ずかしくてそれはできなかった。でも最後の大会を境に、影山はそっけなくなってしまった。いや、話しかけるのを躊躇ってしまうほどに怖かった。そこでもっと強引に私が行けばよかったのかもしれないが、嫌われてしまったように思えて怖かったんだ。だから同じ高校に行きたかった半面、進路が違うことを知って安心もした。

「ど、どうしたの? ここ、私の家の前だよ?」
「知ってる」

 影山の口から白い息が吐かれる。形のいい唇に、凹凸のない肌。あの頃と何一つ変わっていなくて、思い出と一緒に昔の感情も込み上げてきてしまいそう。
 どうしていいかもわからず、でも家に帰るわけにもいかない私は無言のままの影山の隣に座りこむ。こんなことならもっと可愛いコートで来ればよかった。髪もバイトしかないから何もしてないし、化粧も適当。卒業式以来会っていないんだから、香水とかつけて大人っぽく見せたかったな。

「なあ、」

 暫く続く無言の間に、影山は私の隣に同様に座り込んだ。近くて息遣いも聞こえてしまいそうな距離に、私のも聞こえてしまうのではないと恥ずかしくなる。

「卒業式の日さ、お前、俺に会いに来たろ」
「え!」

 つい声をあげてしまうほどに驚いた。だって、影山はそんなこと知らないと思ってたから。たしかに私は卒業式の日に、打ち上げに来ないといった影山の家に行った。やっぱり最後くらい来てほしかったから。でも影山のお母さんにまだ家に帰ってきていないと言われ、少し家の前で待ったものの打ち上げの時間に間に合わなくなりそうだったから帰ったんだ。あの時の、なんとも言えない寂しさを思い出す。

「なんで……知ってるの?」
「あの日、家の前にずっといたろ」
「う、うん」
「お前が帰るまでずっと外で待ってたから」

 影山の言葉を理解をしてから、二の句を継ぐまでに結構な時間がかかってしまう。それほどまでに今の言葉は私にとって衝撃的だった。

「ずっとって……」
「だから、その時のこと謝りたかった」

 ごめん、と頭を下げた影山に、色々と怒りを通り越して懐かしさがこみ上げる。影山が荒れていた時期を考えると、こんなことをする影山なんて想像できなかった。
 
「もう、終わったことだし……でも、なんで?」

 頭をあげるように影山に促してから、どういうわけがあったのか恐る恐る聞いてみた。影山はというと、視線を斜め下に移して気まずそうにしている。

「あんとき、俺はちょっと荒んでて」
「うん」
「なんつーか、そんな自分をお前には見せたくなかった」

 そっか、と色々と考えは広がるのに言葉にできたのはたったこれだけだった。私には、ということは私のことを特別だと思ってくれていると考えていいのだろうか。こんな小さな言葉尻まで気にしてしまう。

「烏野に行ったんだっけ」
「おう」
「また、バレー部?」
「おう」

 何か言葉を発さなければ影山が帰ってしまいそうで、取り留めのない話を彼に振ってしまう。けれど彼の卒業後のことなんて、行った高校くらいしか知らない。短い影山の返事にいつものことだったと懐かしくなるのと同時に、少し悲しくなる。

「あのさ、」
「う、うん。何?」
「今度、見に来いよ」
「……何を?」

 暫く続いた沈黙を破った影山は、私の返事に苛立っているのか困っているのか。一度唇を噛んでから、視線を左下へとうつした。

「……バレー」
「烏野の、バレー部?」
「おう。大会とか、練習試合とか」
「え、でも私部外者だよ? それに、いってもいいの?」
「ん。つーか、来て欲しい」

 ずるい。最後だけは、視線を逸らさないで私の目を真っ直ぐ見つめるから。思えば影山は大事な話をする時はいつも、じっと射抜くように相手の瞳を見つめる人だった。

「私も、ずっと行きたかった」
:)121222

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