※夢主は女です。同性愛とまではいきませんが友達以上ではあるのでご注意ください。



 放課後の練習が終わり、体育館の外に目をやると離れたところで大勢の女子に囲まれた名前の姿を見つけた。名前は演劇の衣装であろう王子様のような格好をしており、目前に控えた文化祭で演劇部がやる演劇の練習の後ということが伺えた。

「……及川さんみたいッスね」

 いつの間にか隣にいた影山が私の視線の先を追ったのか、その様子を見ながらそう言った。

「囲まれてるの、女の子よ」
「え!」

 驚いて口をポカンと開けたまま名前たちを見る影山。

「男の格好してませんか」
「演劇部だから、男役なんじゃないかな」
「演劇部って男いないんすか?」
「いるけど、彼女の方が映えるのよ」

 意味がわからないというような顔をする影山。バレー以外のことに興味がないから目立つ存在の名前のことも知らないのだろう。知らないが故の影山の純粋な質問を思い返し、名前が髪を長くしてお姫様の役をしている姿を想像する。意外だけど、きっと似合わないわけがない。

「清水先輩はあの人と仲良いんすか?」
「そうね。同じクラスだから」

 同じクラスだからという自分の言葉に、言い訳染みた含みを感じた。きっと影山はそんなことを気づくはずもないし、詮索する気もないだろうに。
 入学式の日。クラス分けの張り紙をみる人混みの一番後ろで背伸びをしていた私に話しかけてきたのが名前だった。

「名前は?」
「清水、潔子です……」

 緩やかに上がった口角。優しげな眼差し。私を見下げる顔だけを見て、なんて格好良い男の先輩なんだろうと勝手に名前を上級生であり男だと思いこんでいた私は、彼女の「私と同じクラスじゃないか」という言葉に大袈裟なまでに驚いたのだった。よくよく見れば、私と同じように彼女の胸にも新入生がつける花飾りがついていたし、制服も私と同じ新品の女物だった。
 あれから二年も三年も、名前とはずっと同じクラスだった。クラス替えの度に「また潔子と同じクラスで嬉しい」という彼女の言葉を軽くあしらって、「もしかしたら私たちは運命かもしれないね」なんて気障な軽薄男のような彼女の台詞に、無理矢理平静を装って心を動かさないようにと努めた。もうその時点で心が動いてしまっていることにも気づいていたけれど、その感情に向き合う勇気が持てなかった。
 廊下ですれ違う女生徒がちらちらと頬を染めてこちらを見ている宝塚のような状況も、最初こそ衝撃を受けたものの今では当たり前のように受け止められる。それに対して名前も満更でもないように、求められているものを理解して優しく笑いかけたりするものだから私は本当に彼女は同性愛者なんじゃないかと思った時期もあった。

「人気者ね」
「そうかな。潔子も後輩君から大人気じゃないか」
「それをいつも嬉しそうにしてる」
「そりゃあ慕ってくれるのは嬉しいよ」
「名前は同性愛者なんじゃないかってたまに思う」

 放課後。たまたま廊下で名前が下級生の女の子から告白されている現場に出くわしてしまった時のことだ。私が意を決して言った言葉を聞いて、名前は大きく噴出した。

「潔子は面白いなあ」
「面白くなんてないけど」
「でも私の取扱説明書があったら、よくある質問に必ず載っているだろうな」

 一人で楽しそうに笑う名前を見て、名前を慕う後輩たちはきっと同じように笑うのだろうと思った。そんな後輩たちを勝手に想像して羨ましいと思ったし、そうできない自分を可愛くないとも思った。

「同性愛者ではないと思うけど、潔子のことは好きだよ」
「また適当なことを言って」
「適当じゃないさ」

 普段から私のことを好きだ好きだと言ってくれるけれど、それが本心だとは決して思えなかった。他の子たちにも言うようなリップサービスに過ぎなくて、ホストがお客さんに「綺麗だね」「好きだよ」なんて言うのと同じような気がしていた。そして私がその言葉を欲しがっていることが見透かされているような気さえする。
 それなのにその日の名前の言葉だけは、それまでとは違っていた。
 彼女の声音が、私にそう思わせたのだった。
 名前は廊下の窓によっかかっていて、そこから夕陽が差して彼女の持つ雰囲気がさらに増している。あまりにも綺麗で絵になっていて、それが私の脳内で色々な事実を脚色して補正しているのではないかと今では思うけれど、その時は自分の顔が高揚するのを誤魔化すことでいっぱいいっぱいだった。

「あ、潔子!」

 思い出にいつの間にか浸っていた私を現実に引き戻したのは、お腹から出したようなよく通る綺麗な声だった。

「なんか呼んでますよ」

 離れたところから大きく手を振っている名前に無邪気に駆け寄ることなんて私には出来ない。影山に「いいのよ」とだけ言って、自分の作業に戻ろうと体育館に踵を返した。

「なんで無視するのさ」
「……それ、外履き」

 数歩しか歩いていないのに、急に肩を掴まれ振り返れば先程まで女の子に囲まれていた名前が息をきらすこともなく悠然と微笑んでいた。
 
「潔子が私を無視するから」
「理由になってない」

 演劇の衣装を着た名前はいつも以上に目立っていて、体育館中の視線が私たちに集まっている気さえする。その恥ずかしさから今すぐにでもここから出ていきたくなって彼女の背中を押した。

「用があるなら外で……」
「用なんてないよ。ただ潔子に会いたかっただけ」

 名前があまりにもあっけらかんとしてそう言うものだから、私は返す言葉が見つからずにただ口を開けて彼女を見ることしかできなかった。

「お、名字。文化祭頑張れよー」
「今から満員御礼の挨拶の練習してるよ」
「流石だなお前は」
「それにしてもまた王子様役なんだな」
「思えば女の子の役ってしたことなかったなあ」
「名字はその辺の男よりも男らしいからなあ」

 少なくとも旭よりは名字の方が格好良いな、と言った澤村。三年男子と名前が談笑しあう中、私はそれに同調している素振りをしながらも頭の中ではずっとさっきの彼女の言葉を繰り返し繰り返し再生していた。

 この気持ちに名前をつける勇気はまだないのに。
:)150506

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