「トスを呼んでくれ! エース!」
「もう一回! 決まるまで!」
「もう一本!」

 全てがまるで映画のワンシーンのようだと思った。ノヤさんのレシーブも、スガさんのトスも、田中影山月島のブロックも、そして、トスを呼ぶ旭さんも。全てが目の前で起こっていることなのに、スクリーンの中で行われているような非日常感。掛け声も何も言えなくて、ただただボールの行方を見守った。
 そして、最後の旭さんのスパイクが地面にたたきつけられたその音と体育館の床から伝わる衝撃で、やっと私は我にかえったのだった。

「あ、ああああ」
「ちょ、名前泣いてるし!」
「なっナイスキー旭さんんんんんズガざんもノヤざんもおおお」
「気持ちわかるけどちょっと怖いんだけど」

 木下と成田に背中をとんとんと叩かれながら、持っていたタオルで顔を覆った。
 復活した旭さんは順調に点をとり、また日向影山の速攻も調子が良くいい試合のまま一セット目は19対25で町内会チームの勝利で終えた。そして試合は二セット目の序盤。交互に点を取るようにして御互い二点の同点。旭さんの強烈なスパイクがブロックのワンタッチもないままに日向の顔面へと吸い込まれた。

「ばっ……」
「うわああああ!?」
「ギャーッ」
「ひ、日向っ!」

 ボールを顔面で受け止め、そのまま後方に倒れた日向に敵味方関係なく皆が駆け付ける。

「ひ、日向大丈夫?」
「大丈夫かあああゴメンなあああ」
「どう考えてもボケっとしてたコイツが悪いでしょ」

 救急車を! と慌てる武ちゃんを烏飼コーチと一緒になって落ち着かせる。当の本人は痛がってはいたものの起き上がり、ケロッとして大地さんの言葉にもちゃんと受け答えしていた。顔面受け慣れてるし、という日向の言葉に状況が状況ながらおかしくてついつい笑ってしまう。
 日向の言葉に場が和んでいたかのように思われたが、たった一人、日向を見る目つきが違う者がいた。

「……なにボケェーっとしてた……試合中に」
「あ、う、あー……」

 思わず私も田中もスガさんもたじろいでしまうほどの恐ろしい顔つきで日向に詰め寄る影山。周りも冷や汗をうかべながらその光景を見守っていた。見守っていた、というよりも、何も言えずにいたという方が正しいかもしれない。

「俺は知ってるぞ」

 エースは格好良いけど囮はなんて地味で格好悪い。タッパとパワーがあればエースになれるのに。エースに嫉妬していただろう。影山の言葉一つ一つは、日向の心に深く突き刺さったようで、日向はぐっと言葉を詰まらせてから羨ましくて何が悪い、と悔しそうな顔でそう言った。それまで旭さんたちの問題ばかり見ていた私は、そんな日向の微妙な心境には気付くことができなかった。明らかにムッとした表情の影山と、それを明らかに気にして気まずそうな日向をそのままに、大地さんの掛け声で試合が続行された。

「囮って、格好良いと思うんだけどな……」
「でも、俺はわかる気がするな。日向の気持ちも」
「うん。やっぱり、テクニックがどうとかも良いけど、圧倒的な高さやパワーでねじ伏せるってプレイスタイルは憧れるもんだよ」

 コート内の日向に視線を向けながら、木下と成田は小さくそう言った。

「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
「それでも、自分を最大限生かすプレイスタイルを持った日向は凄いけどな」

 やはりプレイヤーにしか分かりえないことはこういうところでも出てくるのだなあ、と私は二人の言葉に納得させられた。

「あれ、影山何言ってんだ?」
「アハハ、ナメたマネしてすみません、って影山は馬鹿正直だな」
「日向、不安そう……」

 次に日向にトスを上げるから全力でブロックしてくれ、という影山の唐突な宣言。それを見守る烏飼コーチや武ちゃんも私たち同様影山の意図を掴めずにいる。

「今のお前は、ちょっとジャンプ力があって素早いだけの下手くそだ」
「……?」
「大黒柱のエースになんか、なれねえ」

 影山の言葉に、日向だけではなく私までもナイフで一突きされたように心臓が痛んだ。しかし、それからの彼の言葉と行動に、私はただただ目を奪われたのだった。

「でも、俺がいればお前は最強だ!」

 影山の言葉通りに素早い身のこなしでブロックのいないところへと移動する日向。そして、そんな日向の手のひらにドンピシャでボールを持っていく影山。日向の手から鋭くストレートに放たれたボール。町内会チームの人が慌ててレシーブに入るも、面が間に合わずに弾かれるようにしてボールはコート外へと落ちた。

「お前はエースじゃないけど! そのスピードとバネと俺のトスがあれば、どんなブロックとだって勝負できる!」

 影山の大きな声が、体育館の中に響く。
 エースが打ち抜いた一点も、日向が躱して決めた一点も、同じ、一点。
 当たり前のことなのに、どうしてこうも心に突き刺さるのか。
 真っ直ぐすぎる影山の言葉は日向だけでなく、私の心にも大きな衝撃を与えた。

「それでもお前は今の自分の役割が、カッコ悪いと思うのか!」

 大きな声を続けざまにだしたからか、言い終えた影山は肩で息をしていた。

「……思わない」
「あ?」
「思わない!」

 妙にすっきりした顔の日向を見て、目頭が熱くなってくる。

「ちょ、また泣いてんの?」
「だ、だってだって……」
「はいはい。これ名前のタオルね」

 本日二度目の涙を流した私は、木下と成田に本日二度目で背中を叩かれながら必死にこの感情が収まるのを待った。
 その後も順調に試合は進んでゆき、25対18で二セット目も町内会チームの勝利で終わった。時計を見るともう八時で、とっくに最終下校時刻を過ぎていた。

「じゃあ一発シメてとっとと上がれー」

 烏飼コーチの一言で、大地さんが皆に肩を組むように働きかける。それにわらわらと集まりだすプレイヤーの姿を見て、私はたまらずスコアに目をやる潔子さんのジャージの裾を引っ張った。

「烏野ファイッ!」
「オース!!」

 円陣を組んで声をあげた皆を見て、私は本日三度目の泣いてしまうところをすんでのところで堪えたのだった。

「名前、すぐ顔に出る」
「潔子さんだって、いつもより嬉しそう」
「……それは、ね」

 小さく笑った潔子さんはそのまま素早くドリンクを集めはじめ、私もそれに倣って後片付けに勤しんだ。

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