続々と体育館に部員が集まる中、昼休みの気持ちの高ぶりをそのままにいつもよりも少し早く、そして少し多く仕事をこなしていた。

「名前、今日は早いね」
「はい! あ、ドリンク作ってきます!」
「よ、よろしく……」

 ドリンクホルダーに入れたスクイズを持って体育館を出ると、驚いて肩を震わす旭さんを見つけた。突然のことに私自身も驚いてきょろきょろと視線を泳がす。

「あ、え、えっとこれは……!」
「あっこ、これからドリンクをつくりにいこうと……ではなくて!」

 旭さん来てくれたんですか! 会いたかったですお久しぶりです!
 口から飛び出そうになる言葉をすんでのところで止めて、昼のことを思い出す。

「あっ、あの私見てません!」
「へ?」
「こっこれからドリンクをつくりにいくだけで、その道中で私は誰にも会っていませんので! では!」

 あ、うん。とぽかんとしている旭さんを置いて、走ってその場を離れる。我ながらなんとも意味がわからないことをいってしまったと思うけれど、旭さんがここまで来たということはあともう少しと言うことなのだろう。私がそんな旭さんに気の利いたことをいえるとは思えないし、今はただただことを見守っていようと思う。それが、先輩となった私のするべきことなのだ。

「おつかれさまー」

 武ちゃんが体育館に入ってきて、大地さんが集合をかける。が、いつもと少し雰囲気が違う気がした。それは武ちゃんの後ろに金髪の男の人がいたから。あれ、あの人どこかで……。

「紹介します! 今日からコーチをお願いする烏飼君です!」
「こっコーチ!? 本当に? ですかっ!」

 武ちゃんの発言に皆驚きを隠せずにざわざわと騒がしくなる。私は私で同じように驚いてはいたものの、以前武ちゃんが言っていた「指導者」とはこのことだったのかと一人納得してもいた。

「えっでも坂ノ下の兄ちゃんだよな? 本当にコーチ?」
「あっ! そっかそうだ! 坂ノ下の!」
「彼は君たちの先輩であの烏飼監督のお孫さんです!」

 烏飼という名前を聞いてひっかかってはいたけれど、あの烏飼監督の孫と言うことは大体二十代半ばくらいと考えていいのだろうか。

「よくすぐ気付いたね!」
「俺いっつも注意されてるからな!」
「それ、自慢することじゃないよ」

 とんとん拍子で烏野町内会チームとの練習試合が決まっていく中、私は日向の声に肩を跳ね上がらせた。そして周りも窓の鉄格子にしがみつく日向に視線を釘づけにしていた。

「アサヒさんっ!」
「旭さぁーん!」

 ひやひやとしている私を他所に、田中は少しばかり興奮した様子で窓から外を覗き込んでいた。
 烏飼コーチに詰め寄られた旭さんは最初戸惑いながらも、シューズを手に神妙な面持ちで体育館に足を踏み入れた。

「鞄にシューズ、いれてるじゃないですか」
「……ね」

 潔子さんと顔を見合わせて笑いあう。全く事情を知らない烏飼コーチがいてよかったと思った。

「お前らの方から一人、セッター貸してくれ」

 その言葉で、スガさんと影山の周辺の空気がピリッと張りつめのがわかった。そして、無言で町内会チームの方へ歩き出すスガさん。

「スガさん!? ……俺に譲るとかじゃないですよね」

 全員の視線が二人に注がれる。

「菅原さんが退いて俺が繰り上げ……みたいなの、ゴメンですよ」

 影山の視線は強く、きっとそれはスガさんも痛いほどに感じているのだろう。真っ直ぐに前を向いて影山に背を向けたまま、スガさんが口を開く。

「俺は、影山が入ってきて正セッター争いしてやるって思う反面、どっかで……ほっとしてた気がする」

 とつとつと話し始めるスガさん。そして、スガさんの声だけが響く体育館。初めてスガさんの本音を聞いたような気がした私は、そんなスガさんから眼が離せずにいた。

「けど、もう一回俺にトスあげさせてくれ、旭」

 真っ直ぐに旭さんを見るスガさん。旭さんはそれに対して唇を噛みしめていた。

「負けないからな」
「俺もっス」

 ノヤさんに声をかけるスガさんは、もうそれまでのような悲痛な顔をしておらずにこやかで周りをホッとさせるいつものスガさんだった。スガさんは本当にすごい人だ。こうしてなんだって一人で乗り越えていく。

「凄いなあ」
「名前、目がハート」
「ええっ!」

 嘘だけど、と零した潔子さんも柔らかい笑みをたたえてきた。きっと同じ学年だし、私なんかよりもずっとずっと潔子さんは心配していたのだろう。

「……き、潔子さんはいつから気づいてたんですか」
「多分、最初から」
「ええっ!?」
「これは本当」

 なんてことだと頭を抱える私と、颯爽とスコアを取りに行った潔子さん。恥ずかしくて今すぐにでも消えてしまいたい。けれど、それ以上にこの試合への興味や気持ちの高まりは抑えることができなかった。

「がっ頑張れ!」
「……どっちに向けて?」

 苦笑いをうかべた成田の脇腹に手刀をお見舞いする。

「高まってきたー!」
「田中と同じこと言ってるよ」 

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