たまたま漏れていた音に反応して、声をかけてしまったのがきっかけだった。

「ねえ、新譜買った?」
「……まだだけど」

 朝。まだ生徒もまばらな中、ヘッドフォンをはずしちらりと私を見た月島君はそのまま読んでいた本に栞を挟んで閉じた。

「買ったの?」
「うん。でも、ちょっと微妙だった」
「へえ」
「貸そっか?」

 入学して一週間くらいたった頃だろうか。月島君と席が隣だった私は、授業中に聞こえた微かな音に反応した。そしてよくよく聞くとそれは自分の好きなバンドの曲。周りを見渡してもこのことを気づいているのはどうやら私だけらしい。どこから聞こえるのだろう。音の元をたどれば隣の月島君の机の横に掛けられた鞄の中からで、暫くして気付いたらしい月島君は先生にばれないようにさりげなく音を切っていた。音楽プレイヤーの再生ボタンが何かの拍子におされてしまって、勝手に鳴っていることってあるよね、なんて一人で月島君に親近感を抱いたことを覚えている。そして、授業が終わった瞬間に話しかけた。それが、月島君と私が話すようになったきっかけだ。

「前回のアルバムに収録されてたやつは良かったんだけどなー」
「ああ、確かにあれは良かったかも」
「ね! 月島君はどのアルバムが好き?」
「うーん。メジャーになってからのもいいけど、一番好きなのはインディーズの時の」

 月島君との会話は淡泊なようにも思うけれど、意味のない会話がない分話している時間が短く感じる。物凄い会話が弾むわけでもないけれど、月島君と話している時間は心地良い。

「あ、そういえば昨日月島君のこと昼休みに探しに来た子がいたよ」
「……誰」
「えっと、髪が明るくて元気な子? 名前なんだったかな……あったかい感じの名前だった気がしたんだけど……」
「ああ、なんかわかったカモ」
「そのあと山口君のことも探してて二人とも今はどこにいるかわかんないって言ったら、凄い元気よくありがとうって言って帰ってった。なんの用事だったのかな」
「どうせ大した用事じゃない。背、小さかったでしょ」
「私よりちょい高いくらい?」
「日向って言ってなかった?」
「あ! そう!」

 少し呆れたような顔をした月島君と、モヤモヤしていたものが解けてすっきりした私。暫くその調子で他に好きなアーティストについて話していると、勢いよく戸の開く音がして少しびっくりしてしまう。

「僕はベースが変わってからの方が好き」
「月島が普通に喋ってる!」
「あ、昨日の!」
「……何?」

 昨日ぶりの日向君の顔を見るなり物凄い不愉快そうな顔をした月島君と、そんなことにまったく動じることなく私を見た日向君は「昨日はサンキュな!」と笑った。なんと明るい人だろう。

「いえいえ、結局何も教えられなくて」
「ね! 月島とどんな話すんの?」
「え、っと、音楽? の話とか?」
「え! 何が好きなの?」

 日向君の質問に答えるたびに月島君からの視線が気になる。というよりも、確実に睨んでいる。その相手が私なのか日向君なのかはわからないけれど、こんなに怖い月島君は初めてでどうしていいのかわからない。

「ねえ、僕の質問は無視なわけ?」
「あ、そうだ! すっかり忘れてた月島頼む! 明日提出の課題見せてくれ!」
「そんな一瞬で忘れるなんて、君の記憶領域と背は比例でもしてるの?」

 月島君の一言に日向君がぐっと苦しい表情を浮かべた。しかし、こうも皮肉をたくさん言う月島君は初めて見た。

「月島君はあれ、終わったの?」
「……まあ」
「最後のやつ! どうなった? 私そこ自信なくって……」

 机の中からプリントを取り出し、最後の問題を指差して「ココ?」と尋ねる月島君にうんうんと首を縦に振って答える。

「これはそのまま訳さないで、前後の単語から熟語にするんだと思う」
「あ、ああ! そういうことだったんだね!」

 更に鞄から熟語帳を取り出し該当ページを指差しながら丁寧に説明をしてくれる月島君。いつも思っていたことだけど、月島君は結構親切な人だと思う。

「あ、ありがとー!」
「いや、別に」
「す、すげえな月島! やっぱ勉強できたんだな!」
「日向よりはね」

 その勢いのままいこうと思ったのだろうか。もう一度課題を貸して欲しいと申し出た日向君に、月島君は嫌だとそれを突っぱねた。たしかに月島君が正しくはあるものの、真っ直ぐな日向君に同情してしまう部分もあった。

「わ、私の……見る?」
「え! いっいいの? えっと……」
「名字、です」
「本当にいいの名字さん!」

 キラキラとした目で私を真っ直ぐに見つめた日向君は「女神に思えます」と大袈裟なことまで言い出した。私の課題プリントは月島君のものほど完成度は高くないけど、それでもないよりはマシだろう。

「ちょっと」
「なんだよ月島。名字さんに借りることになったからな」
「……課題の提出明日の朝だけど、ちゃんと返せるの?」

 ムスッとした月島君は、あからさまに不機嫌といった風に日向君に話しかける。

「あっ明日朝イチでもってくる!」
「朝練あるのに? もしかしたらそんな時間ないかもよ?」

 ググッと言葉に詰まる日向君に、月島君は更に続けた。

「それで名字さんが提出できなくなったらどうするの?」
「うっ、たしかに……」
「……ハイ」

 ペラリと自身の課題プリントを日向君に差し出した月島君。そして、キョトンとした顔でそれを見る日向君。

「明日の朝練で返してよ」
「おっおう! いいのかよ月島!」
「汚したりしないでよね」
「わかってるって! ありがとな月島!」
「もういいからさっさと行って」

 嬉しそうに月島君のプリントをもって四組の教室を出て行った日向君。そして深い深いため息を吐いた月島君。私はその様子を見て、月島君はやはり本当な優しい人なのだと思った、

「月島君って優しいね」
「ただ日向が鬱陶しかっただけだから」
「ふふ」

 照れたように頬杖をついて私から視線を逸らした月島君。そして、ふと思ったことをぶつけてみる。

「月島君って、ちょっとツンデレだよね」
「……不本意だけど、もうそれでいい」
:)141004

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