あの日から、私たちはどこか心にしこりを抱えたまま今日まできたと思う。春休みの練習では二人がいなくなってしまったという事実が傷跡のようにして体育館には残っていたし、新学期が始まり一年生が入ってきてから慌ただしい毎日ではあったものの、二人のいない体育館に慣れるということはなかった。その間何も考えなかたというわけもなく、自分なりにどうしたら旭さんが帰ってきてくれるかと考えてはみたものの結局決定的な解決策を見つけることはできなかった。
 それでは何故私は昼休みだというのに三年の階の廊下にいるのかというと、なにかいい考えが浮かんだからではない。ただ、じっとしていることができなかったのだ。
 昨日の放課後練習の時。大地さんとノヤさんを見たスガさんの顔。
 本当に一瞬だったけれど、悲しいような苦しいような、遣る瀬無い表情を浮かべていた。そんなスガさんを見て、いたたまれないほどに胸が痛んだ。
 旭さんもノヤさんも、そしてスガさんも。皆自分に責任を感じている。誰が悪いなんてことは決してないというのに。

「あっアサヒさんが戻ってこないと、二三年生が元気無いから! ですっ」

 三年二組の前に差し掛かったところで聞き覚えのある声に驚き、咄嗟に身を隠すようにして二組の教室に飛び込んだ。恐る恐る顔を覗かせると、旭さんのクラスである三年三組の廊下で、旭さんに日向と影山がなにやら詰め寄っている。

「……名前、何してるの?」
「きっ潔子さん! あ、ここそうか潔子さんの教室!」

 怪訝そうな顔をしていた潔子さんではあったけれど、廊下の様子を確認するや否や理解したように小さくため息をついた。
 しかし、きっと呆れているだろうに潔子さんは私の隣に立ち、廊下の声を聞くでもなく、私に話しかけるでもなくただそこにいてくれた。きっとクラスの人に、私が潔子さんに用事があるからいるのだと思ってもらうためだろう。潔子さんの無言の優しさに心の中で感謝をする。
 外の声に耳を澄ますと、どうやら日向影山の二人は私と同じように旭さんを説得しに来たらしい。暫く一生懸命な日向と諦めてしまったような物言いの旭さんの応酬が続く。

「ぷっ」
「……どうしたの?」
「な、なんか日向と影山のやり取りが面白くて」

 一生懸命にブロックの恐ろしさとスパイクの気持ちよさを語る日向に、小さく突っ込みを入れる影山。その馬鹿との紙一重のようなやり取りが小気味よく面白かった。きっと私だったら、もっと深刻な風になってしまっただろう。

「……だから皆、アサヒさんをエースって呼ぶんだ」

 一連の流れから、急に一転して言葉がずっしりと胸に降りてきた。日向の真っ直ぐな言葉に、私は少しばかり泣きそうになってしまったのだ。当の本人である旭さんはどう受け止めたんだろう。

「一人で勝てないの当たり前です。コートには六人いるんだから」

 ドアを開けて、顔を覗かせずに耳だけ澄ます私には今三人がどのような表情をしているのかはわからない。けれど、最後の影山の一言を聞いたあと、カッと目頭が熱くなって一粒涙が零れ落ちた。

「……名前?」
「頼もしすぎて、私もっとしっかりしなきゃ」

 乱暴にブレザーの袖で涙を拭う。最後、「俺もソレわかったのついこの間なんで、偉そうに言えないっすけど……」と言った影山の顔を見ておきたかったと強く思った。私が用意していた言葉なんて、二人の言葉の前には本当に無力でしかなくて、やはりプレイヤーにはプレイヤーの世界があるのだと痛感させられた気分だ。これは卑屈になっているのではなく、純粋にプレイヤー同士の共感を羨ましいと感じた故の思いであり、またそれは今後もマネージャーとして陰ながら皆をサポートしていくしかないのだという結論にも至らせた。

「潔子さんは、マネージャーの鏡ですね!」

 潔子さんに「声、大きい」と小さく怒られ、チャイムが鳴ったのだからさっさと教室に戻るように急かされる。「わっかりました!」と自分でも驚くほどの元気な返事を返してから、三年二組の教室を後にする。途中の階段で歩いていた影山と日向に遭遇し、思いっきり背中を叩いて「放課後ね!」と二人の顔を見ないままに追い抜いた。
 結局何も解決していないのに、何故だかスガさんの表情が晴れるときも近いような気がしてきた。そのためにはまず、私が暗い顔をしていていいわけがないのだ。

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