勝手に告白して勝手に逃げてきた。その言葉を聞いたあの日から、ふと気がつくと彼女を見ている。そんな癖がついてしまった。

「ゴールデンウィーク最終日、練習試合組めました!」

 武田先生の言葉に体育館が沸き立つ。俺も、練習試合と言う言葉にワクワクとした何かが込み上げてくる。
 相手校は東京の音駒高校というらしい。俺はよく知らないが、「東京のコゴウ」と言われていて烏野とは因縁のライバルということだった。

「コゴウ……」
「影山、古豪って意味わかってないでしょ?」
「! ……ハイ」

 ひょいといつの間にか俺の隣に移動していた名前さんは、俺の返答にクスクスと笑ってから「古豪っていうのは伝統があって強い、または強かったっていうような意味だよ」と教えてくれた。伝統があって、強い……。因縁のライバルといっても先輩たちでも試合をしたことはないらしく、因縁と言われてもピンとこないけれど、強いのであればそれだけで戦ってみたいと思った。
 見たこともない音駒高校に思いを馳せていると、ふと右斜め下からの視線に気づく。見ると怪訝そうな顔で俺を見る名前さん。
 
「……なんスか」
「いや、凄い不敵な笑みを浮かべているなと……」
「フテキ……?」
「要するに、気味悪いってことでしょ」

 そう言ってからワザとらしく笑う月島に、「そこまでは言ってないでしょ!」と抗議の声をあげる名前さん。条件反射で月島に「うるせえ!」と言ったものの、少し考えてみると「そこまでは」ということは「それなりに」は気味が悪いということじゃないかと気づき、そこで無理矢理考えることをやめた。

「よし! せっかくの練習試合無駄にしないように練習も合宿も気合い入れんぞ!」

 キャプテンの掛け声にピリッと空気が引き締まったのがわかる。そして、今度は田中さんと月島がなにやら言い合っている中、キャプテンと西谷さんが何かを話していた。会話の内容は聞こえないが、西谷さんは思いつめたような表情をしていて、そしてそれを俺と同じように距離を置いた場所から見ていた菅原さんもどこか苦しいような顔をしていた。
 しかし俺が一番印象的だったのは、さらにその菅原さんを距離を置いた場所から見つめる名前さんの姿であった。手にはワイピング用の雑巾が握られていて、それを握る手は力を入れているようで若干白くなっているように見える。そして表情もまた、悲しげなものだった。
 ただ見た瞬間はあんなにも鮮烈にその光景が目に映ったけれど、一度練習を始めてしまえばそのことは頭の隅に追いやられた。
 次にその光景を思い出したのは、練習が終わりドリンクを飲みながら日向の話を聞いているときだった。

「アサヒさんが戻ってくれば、菅原さんも西谷さんも何か色々うまくいくのかな」
「知らね」

 俺の返答が気に食わなかったのかムッとした日向だったが、すぐにまた言いたいことが浮かんだのか少し考えてから口を開いた。

「アサヒさんは人一倍責任を感じる人だからって言ってたけど、菅原さんもそんな感じだ」

 日向の言葉に呼び起こされるように、先程の菅原さんの苦しそうな表情が頭に浮かんだ。日向の言う通り、菅原さんは俺が思いつかないようなところまで考えが及ぶような人だ。このチームで二年生や三年生のことをよく理解して、プレイスタイルだけでなく性格も考慮できる。日々の練習でだって、菅原さんのお陰で空気が変わって良い方向になった場面はいくつもあった。そんな菅原さんだからこそ、アサヒさんや西谷さんのことを思って余計に責任を感じてしまっているのだと思う。

「どっちも自分に責任感じてんだろ。けど、一人で勝てるわけないのにな」

 純粋に思ったことを口にしただけだったが、驚いたような顔から一変して不満をあらわにした日向が「お前がソレ言う!?」と、わざわざ髪型まで再現して似てないモノマネを披露した。それを見た俺は俺で少し前までの自分への恥ずかしさと日向への苛立ちが合わさって日向の胸ぐらを掴み、その恥ずかしさと苛立ちに任せ日向をブン投げた。
 しかし、まるで猫のように綺麗な着地を遂げた日向は、安直とも言える提案を俺にしてきた。それに俺が付き合ったのは、日向の考えに丸々賛同したわけでも、俺なりに何か明確な考えがあるわけでもなかった。ただ、菅原さんの顔を思い出した途端に、悲しい顔をした名前さんの姿までもを鮮明に思い出してしまったからだ。アサヒさんが帰ってくることで全てが上手くいくだなんて思ってはいなかったし、俺たちがそれをすることでアサヒさんが戻ってるだなんて思えなかったけれど、そのままじっとしていることはどうしてもできなかった。

 あの日、泣きながら口いっぱいにぐんぐんバーを頬張ったあと、俺に「ありがとう」と言って笑った名前さんの顔を思い出す。それまでまともに話した記憶はないが、それでも今はさっきのような悲しい顔をしてほしくないと思う。何故そう思うのかは分からないが、先程の彼女を思い出すと食べたものが喉の奥でつっかえているような息苦しさを感じるのだ。

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