朝から名前の様子がおかしい。教室に入る前、開いていない扉に正面衝突し、自分の席にたどり着くまでに数々の机に足をぶつけていた。その度に挙動不審なまでに机の主に謝るため、周りは心配を通り越して少し怖いものを見るような視線を送っていた。昨日のことも気になって話を振ってみると、カッチコチに固まった名前は手にしていたシャーペンを落とした。

「ほら。大丈夫か?」
「あ、ありがと」

 落ちたシャーペンを手渡して、名前の向かいの席に座る。名前は視線を右往左往していた。

「なんかあったのか? 昨日」
「あ、の……」
「うん」
「こっ告白、して、しまった……カモ」
「え! 告白!? つかカモってなんだよ」

 たどたどしい説明を聞くところによると、勢いで好きだと言ってしまった名前は、返事も聞かないままにその場から逃げ出したということだった。なんで答えを聞かなかったのかとも思うが、土壇場で怖くなるのも、勢いで口走ってしまうのも名前らしい。

「それにしても、なんで一言俺に言わないんだよ。言や、電話でもメールでもなんだって、話くらい聞いてやったのによ」
「うん……。昨日はね、不思議と気持ちが落ち着いてたんだよね」

 でも学校に近づくにつれてことの重大さに怖くなってきた、と語る名前は、筆箱の中身を出したりしまったりを繰り返している。普段の姿からは想像もつかない動揺っぷりだ。

「だから、いま初めて体育館に行きたくないって思ってる」
「オイオイ」
「だって、もしスガさんに避けられたりなんてしたら生きていけない……!」
「ぜってー大丈夫だって。スガさんはそんなことしねぇよ」
「でも、表情にはでるかも」
「スガさんは気まずいとか面倒くさいとか思ってても、人間ができてるから普段通りに接してくれるぜ。きっと」
「それ慰めになってない!」

 今の名前はいじり甲斐がある。そうは思いつつも、うだうだと理由を捏ねる名前を強引に慰め放課後体育館に向かう。するとそこには久しぶりの姿があった。

「おおーっ! ノヤっさぁーん!」
「ノヤサンダ……!」
「おーっ! 龍に名前ーっ!」

 相変わらず静かで無駄のないレシーブを見せたノヤ。そして何故かカタコトの名前もノヤの姿をみて次第にいつもの調子に戻っているようだった。ふと体育館入り口にいるスガさんを盗み見ると、穏やかな顔でその光景を眺めていた。やはり、スガさんはこういう人だ。俺が心配することなんて何もない。

「お前ドコ中だ!」
「……北川第一です」
「まじか! 強豪じゃねーか!」

 ノヤの勢いに影山も日向も珍しく圧倒されているように思う。が、俺としては久々の体育館でのノヤの存在に喜びを隠せずにいた。それは名前も同じだったようで、にこにことノヤと影山のやり取りを見ている。

「学ランに憧れてたんだよー! 茶とかグレーじゃなく黒な!」
「わかる!」
「な!」
「学ランが似合う男子って、なんか格好良いよねー!」
「男の憧れだよなー」

 ポカンとする影山と日向を置き去りに、早速体育館に足を踏み入れた潔子さんに飛びついたノヤは、そのまま平手打ちを食らっていた。一歩で遅れた俺は助かったような、残念なような。

「相変わらず嵐の様だな……」
「ゲリラ豪雨……」
「日向上手い。座布団一枚」
「よっしゃ!」
「笑点じゃないっすよ」
「ハハハ! 喧しいだろ!」

 久しぶりのノヤの姿を喜んでいるのは俺たちだけではなく、三年生も同じようだった。ノヤのレシーブは天才と呼ぶに相応しい。あの安定した頼もしいレシーブが帰ってきてくれたら、もっとウチの可能性は広がる。それこそ、昨日大地さんが言っていた全国だって夢じゃないのかもしれない。

「で、旭さんは? 戻ってきますか?」

 しかしその一言で、一瞬にして俺たちを取り巻く空気が変わったのがわかった。

「……いや」

 大地さんの言葉の重み。そしてそれを聞いてノヤの眉は即座に吊り上がる。「あの根性無し」。ノヤの強すぎるまでの想いをその無礼な言葉から感じた。名前はというと、やはり大地さんやスガさんと同じように悔しくも悲しいような顔をしていた。

「いっちゃった……」
「? なんですか?」
「悪い……西谷とウチのエースとの間にはちょっと問題が生じていてだな」
「ごめんね」

 ごめんね、と影山に言った名前は、どことなく同じようにやるせない顔をしたスガさんを見ていた。きっともう告白してしまった気まずさなんてものは忘れて、ただただこの状況におけるスガさんの気持ちなんてのを考えているのだろうと想像がつく。ただ、体育館に漂う嫌な沈黙を破ったものがあった。

「レシーブ教えてください!」

 いつの間にか姿のない日向の声が外から聞こえ、それにつられて俺たちも音をたてないように外の様子を盗み見る。
 するとそこには純粋に西谷を慕う日向の姿と、そんな日向に気を開いて、尚且つ先輩呼びに一気に気をよくした西谷の姿があった。

「やっぱりノヤさんは田中と同じだね」
「え、俺あんな単純?」
「それはもう、気持ち良いほどに単純だね」
「スガさんまで!」

 とりあえずは日向の存在のお陰でノヤはどうにかなりそうに思えてきた。そして、俺を通してではあるが、名前とスガさんも以前と変わりなく笑いあっているように見える。やはりスガさんは凄い。名前のホッとしたような笑い顔を見ながら、俺は内心二つのことにホッと胸を撫で下ろした。

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