夏のインターハイ。全国。青葉城西との練習試合に勝ったこと、そして帰り道での大地さんとスガさんの話で、それまで掲げていた目標が途端に鮮やかに、尚且つ強烈に映り始めた。選手じゃないけれど行きたい。全国の舞台へ。

「じゃあ、ここで」
「あ、ちょっと待って」

 いつもの帰り道。皆と別れるポイントでスガさんに呼び止められた。

「え、あっ、なんっなんですかスガさん」
「ちょっと話したいことあって。
俺、今日はこっちから帰るわ」

 皆にそう言ったスガさん。大地さんや他の皆はさして気に留める様子もなく「気をつけろよー」だとか「さよーならー」だとか言っていたけれど、田中だけはわざとらしくにやにやと笑って私にアイコンタクトを送ってきた。

「さっきの話聞いて、途端に全国ってモチベーション高まりました!」
「ああ。凄いこと言っちゃってるけど俺も無謀ではないって思ってる」

 暗い夜道を二人で歩くというだけでドキドキする心を落ち着かせるため、ついつい自分から矢継ぎ早に話しかけてしまう。
 このタイミングということは二人っきりでなければならなかったといことで、もしかしたら告白かもしれないなんて馬鹿げた妄想がポンポンと生まれ、そんなわけないという自己防衛から消えてゆく。

「あ、あの青城のリベロなんですけど……」
「名前」
「は、はいっ!」

 急に声のトーンが低くなる。スガさんは少しだけ、歩くペースを遅くした。

「この前は、ありがとな」
「……え?」
「前の帰り道、心配してくれたろ? 正直、あそこまで見抜かれてるなんて思わなかった」

 私の顔を覗き込んで力なさげに笑ったスガさん。色々と巡らせていた考えや妄想は、泡が弾けるように消えた。

「あ、や……話って、それですか?」
「名前に言われて自分でも感情が少しまとまったからさ。お礼が言いたくて」

 二カっと、今度は何時ものように綺麗に笑ったスガさん。その笑顔を見て、期待や不安や落胆など、この数分で抱いた感情の全てが吹っ飛んでいく気がした。スガさんの力になれただけでも、私には十分すぎるほどだ。

「それにしても、名前は周りがちゃんと見えてるんだな」
「そっそんなこと!」

 ぐしゃぐしゃと髪をかき乱すように撫でるスガさんの行動に、心地よさとともに心臓も動きを早めた。この瞬間がずっと続けばいいのになんて、まるで少女漫画のヒロインのようなことを思ってしまう。

「いやいや、大地だって気づかなかったぞ」
「それは、スガさんのことずっと見てるからで……」

 そんな心地よさからか、思わず口にしてしまった言葉は取り消すこともできず、私とスガさんの間に取り残されるようにして間を置いた。
 全く言うつもりのなかったことだけに、顔に急に熱が集まるのが自分でもわかった。このままではスガさんを困らせてしまう。なにか弁解をしなくては。

「やっあの、これはっ違っ」
「う、うん。あのさ」
「スガさんが好きだからとかっあのっ」
「うん。名前少し落ち着いて……」
「あっあのっ、忘れてくださいっ!」

 なにか上手く誤魔化す言葉も見つからず、口から出るのは私がスガさんを好きだということの裏付けとなる言葉ばかり。動揺も重ねて余計に先ほどの言葉の意味を深めてしまうことをわかっているために、いたたまれなくなって弁明にもならない言葉を残してその場を走って逃げ出した。
 背後からスガさんの私を呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返ることも立ち止まることもできない。恥ずかしくて恥ずかしくて、ただひたすらに目の前の道を走った。

「わぶっ!」
「うおっ!」

 やたらめったらに走っていたら急に大きな何かにぶつかった。勢いもあって転んだ私に手を差し出したのは、見覚えのあるジャージ。

「か、影山?」
「名前、さん……?」

 影山の顔を見て、どういうわけかそれまでの感情が爆発するように涙が止まらなくなった。それは影山の着ている烏野のジャージが、当たり前だけど先ほどのスガさんも着ていたものだからか。それとも……。
 事情を知らない影山は、突然大声をあげて泣き出した私に驚き、また戸惑いながらも、自分とぶつかって転んだ痛みがそうさせているのだと勘違いをしているようで、慌てて私に歩み寄り背中をさすったりしてくれている。

「だっだだ大丈夫すか。何処か打ったとか?」
「うえ、そっ、じゃなっくてえええ」
「ええ!?」

 しゃくりあげ更に泣く勢いを増す私に驚いた影山は、きょろきょろと辺りを見たり慌てたりを繰り返しながらも私の背中と膝裏に腕を通し、いわゆるお姫様抱っこをしてその場を移動した。ほとんど泣いていて頭がぼうっとしていたからか、そんな時までこれがスガさんだったならと考える自分が恥ずかしくて余計に涙がでてくる。

「落ち着きましたか」
「……うん」

 駐車場の縁石に腰掛け、段々と冷静さを取り戻すのと同時に、恥ずかしさがこれでもかというほどこみ上げてくる。
 勢いでスガさんに告白してしまった。それも恥ずかしいけれど、それ以上に影山の前でこうまで取り乱してしまったことが堪らなく恥ずかしい。

「ごめん。なんか、本当」
「いや、別に……」

 私が落ち着くまでただ静かに隣にいてくれていた影山。そして今も何故私がああも荒れていた理由を聞かずにいてくれる。それは彼の気遣いであることは充分にわかるのだが、どうもそれのツメが甘い。理由を聞きはしないものの、何があったのか気になって仕方が無いというような顔をしている。そんなに気になっているのに聞かないところが、また彼の優しさなのだと思う。

「っふふ」
「え、なんかおかしかったっすか?」
「いや、影山理由聞きたいんでしょ」
「え!」

 別に、大丈夫っす……と斜め下に視線を逸らした影山。そんなあからさまな動揺が可愛くて思わずまた噴き出してしまう。

「わ、笑わないでくださいよ!」
「あっはは、ごめんごめん!」
「そりゃ、あんな号泣してたら気になります」
「だよね、ごめんって」

 むくれて唇を尖らせる影山。そんな姿を見て普段日向や月島に怒鳴り散らしている時とのギャップを可愛く思った。

「あのね、振られたの」
「……あ、え」

 途端に気まずそうに言葉を探し出す影山。

「いいって、気遣わなくて」
「スミマセン」
「いや、振られちゃいないか。勝手に告白して、恥ずかしくて逃げて来ちゃった」
「はぁ」
「言うつもりなかったんだけどさー」
「……なんで、振られてないのに逃げたんすか」

 まっすぐな影山の目が私を見つめた。その淀みない瞳にこちらがたじろいでしまいそうになる。

「だって、困ったような悲しいような、あんな顔みたら……」

 言ってしまった時。驚いてから慌てる私を宥めるまでの間、ほんの一瞬だけだったけれどスガさんは悲しい顔をした。聞かなくてもわかる。私のことを恋愛対象として見ておらず、マネージャーとして大切にしてきた関係が崩れてしまうかもしれないという部分からくるものだ。スガさんは人一倍周りが見える。
 思い出したからだろうか。無意識のうちに零れた涙を、影山がジャージの袖でグリグリと拭ってくれた。痛い、というのは言わないでおこう。

「なんか、食いましょう」
「え」

 鞄の中をガサゴソと探った影山は、その中から五本のぐんぐんバーを取り出した。そしてそれを二つ開けて、一本を私に差し出した。

「なんか食べたら、元気になります」

 それは影山だけでは。という言葉は飲み込んで、手渡されたぐんぐんバーを一口かじる。食べたことのある味なのに、いつもより少し塩っ辛い気がした。それからは二口、三口と口いっぱいに頬張った。隣で影山も同じようにしてモゴモゴと口を動かしている。

「おい、ひい」
「ん」

 もう一本差し出され、それも同じように口に詰め込むようにして食べた。結局、三本とも同じようにして食べて、その間私はずっと泣いていて、影山はその隣でモゴモゴとぐんぐんバーを食べていた。
 三本目を咀嚼し終わった頃には大分気持ちも落ち着いていて、涙もでなくなっていた。逆に思う存分泣いて、スッキリしたような気がした。

「帰ったら夕飯食べらんないな」
「そっすか? 俺は食いますけど」
「でも、スッキリした。なんか、よくわかんないけど」
「そっすか」
「影山」
「ッス」
「ありがとう」

 一拍おいてから少し照れたような「ッス」が聞こえた。そんな影山の背中を思いっきり叩いてから、私たちは家路を歩いた。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -