「織姫と彦星は今年も会えないんだね」

 何言ってんだコイツ。
 とは思ったが、一応声に出すことはやめておいた。三年になって初めて同じクラスになった名字とまともに話すのは、これが初めてかもしれない。

「今日、七夕か」
「うん。一年に一度しか会えないのに、その上晴れてないとダメとか厳しすぎるよね」

 たまに図書室の本の整理を頼まれるというだけの図書委員である俺たちは、今学期初の仕事の最中である。とはいえ新しく搬入された本を棚に入れ、古くなった雑誌をまとめるだけの簡単な作業。多分俺と同じで楽だから引き受けたであろう名字は、古くなった雑誌をパラパラめくりながら外を眺めていた。そして口を開いたと思えばこれだ。もしかしたらこいつはサボりたいだけなんじゃないかと思う。

「短冊ってあるじゃん」
「ああ、願い事書くやつな」
「あれもさ、二人が会える喜びでみんなの願いも叶えちゃおうっていうやつだけど、じゃあ会えなかったらその怒りから願いを叶わなくさせたりとかないのかな?」

 しらねぇよ。と言いたいところだが、今度もちゃんと飲み込んだ。そもそもこいつは仕事をしろ。さっきから本を運んでいるのは俺だけじゃねえか。

「そもそもお前」
「でも、会える喜びで願いを叶えるって本当はちょっと違うらしいよ」

 仕事しろよ、と言う言葉を言う前に被せられ、遮られた。

「なんだったかな、織姫って名前のごとく機織りが凄く上手な人でさ」
「なんか友達みたいな言い方だな」
「その織姫みたいに機織りや手芸が上手になりますようにってお願いしたことが始まりらしいよ」
「へえ」

 今まで深く考えたこともなかったが、知らなかったことだけに不意に感心してしまう。

「じゃあ、叶えてくれるってわけじゃねぇのか」
「あとから時期的に豊作も、とか足しているうちに、なんでもありみたいになったんだって」

 名字が持っている雑誌のページがたまたま昨年の七夕特集のページにさしかかる。そこには七夕の日に行きたい天体観測スポットが紹介されており、写真の中のカップルと思しき男女が満点の星空を前に笑顔を見せていた。

「黒尾君のお願いは、やっぱり彼女が欲しいとか?」
「お前の中での俺ってそんな飢えてんの?」
「アハハ、うそうそ! きっとバレー部優勝とかそんな感じでしょ?」

 一瞬言葉に詰まったのは、名字が俺がバレー部だってことを知っていたことに驚いたから。クラスメイトの男子が何部かを知っていることは珍しいことじゃないが、名字はそういうことには全く興味がないのだと思っていた。

「でも、私は一年に一度会える喜びで皆の願いを叶えちゃうっていう考えの方が好きだな」
「ロマンチストだねぇ」
「だって凄いと思わない? たった一度会える喜びで、他人の願いまで叶えちゃうんだよ」

 先程から同じページのままの雑誌の上に頬杖をついた名字は、少しだけ口角をあげて笑った。その表情に、一瞬ドキッとさせられる。いや、ドキッてなんだ。

「いつか私もそんな人に出会いたい、ってか?」
「うーん、でもきっと私には無理」

 きっぱりと無理だといった名字の表情は、どこか確信めいたものがあった。

「だって、一学期に一度の委員の仕事だって少なく思えるから」

 だから一年に一度なんて絶対に無理、と真っ直ぐに俺の目を見て言った名字から、俺も目が離せなくなる。なんだこれは。普段バレーをしているときの判断力には長けている方だと自分でも思う。ほんの一瞬で様々な状況を把握して、最適な決断を下す。しかし、今俺は名字の言葉一つでこんなにも混乱している。こういう時は一体どういう言動が最適なんだろうか。
 その一方で、真っ直ぐに俺を見つめる名字の濁りなき黒い瞳だとか、何を考えているのかわからないほど変化なく白い肌や、つやつやと流れるような黒い髪、そして少し艶っぽく赤い唇。そういったものに吸い込まれるが如く惹かれ、また手を伸ばす俺がいた。

「毎日、教室で会ってんじゃねぇか」

 名字の頬に触れながらその言葉を発し、言い終えるや否や俺はその唇に自分のそれを重ねていた。
 自分たちが織姫と彦星だなんていうつもりは毛頭ないが、来年からは短冊に願いを書いてみるのも悪くはないと思った。
:)140711
タイトルはかの有名なアニソンから

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