窓際の一番後ろ。この席は誰もが羨むポジションで、仲のいい友達と少し離れてしまったことを踏まえても、補って余りあるくらいの魅力があった。
 まず、教壇に立つ教師から遠い。故に居眠りをしていても内職をしていても気づかれにくいのだ。加えてクラス全体を一望でき、それに飽きたら窓の外に視線を移すこともできる。退屈しないし、日の光も気持ちが良い。まさに、最高の席だ。

「なにニヤニヤしてんの?」

 ある一点を除いては。

「にっニヤニヤなんてしてないよ!」
「じゃあ普段からそういう顔なんだ」
「なっ!」

 左には窓。右隣には月島君。
 高校入学当初、月島君はクラスの女子では話題の存在であった。その女子に洩れなく私も含まれていて、顔も良くて背の高い彼のことを格好良いと思っていた。だからこの席替えの時も、ポジションもさることながら月島君と隣だなんて、なんて私はラッキーなんだろう! と舞い上がったことを覚えている。
 しかし、それはいつの間にか崩れ去った。今思えば何がきっかけだったかなんて覚えていないけれど、月島君は私が思い描いていた性格ではなかったのだ。

「あと、さっき涎垂らしてたよ」
「え!」

 前の授業で寝ていたために慌てて口端に手を当てる。しかし、そこは濡れているわけでもかさついた涎の跡の感触があるわけでもなく、一応鏡で確認して見ても、やはりなんともなかった。

「……嘘だけど」
「あーもうなんなのこいつ!」
「名字うるさいぞー」
「え! あ、すみません」

 教室にどっと笑いが起きて、あろうことか月島君まで笑っている。そもそもの原因は月島君にあるのに、なぜ私ばかりが怒られなくてはならないのか。

「だめだよ。授業中は静かにしなくちゃ」
「元はと言えば月島君が!」
「名字ー次はないぞー」
「すみません!……うう、理不尽だ」

 クスクスと笑う月島君。そう、私はここ一ヶ月間毎日のように月島君からこのような意地悪をされ続けている。そして授業中であれば私だけが教師から怒られ、月島君は何食わぬ顔でみんなと一緒に笑っている。他にも休み時間なんかにはよく思いつくなと感心するレベルでバリエーションの豊富な悪口を言ってくるし、いつのまにこんなことになったのかわからないが気付けば顔を合わせれば何か言わなくては気が済まない間柄になってしまったのだ。

「本当、弄り甲斐があるよね。名字さんって」
「そんなの全然嬉しくないんだけど」

 黒板をノート写しながら器用に私にも注意を払う月島君。いつもながらムカつくけれど要領がいいなと思う。私にもその要領の良さがあれば、さっきのように教師から注意されることも無くなるのに。
 ふ、と鼻で笑った彼に苛立ちを抑えつつ、私は一つの活路を見つけていた。

「しかし、そんな虐げられていた日々も今日で終わりなんだから!」
「え、名字さん虐げられるなんて言葉知ってるんだ」
「腹立つ、けど、これもあと少し…
…!」
「あと少し?」
「ふふん。私はとある筋から情報を入手したんだから」
「ああ、席替えのこと?」
「ああ、ってなんで知ってるの!?」
「知ってるも何も、昨日のホームルームで言ってたから」

 名字さんはアホ面さげてぼーっとしてたから聞いてなかったんだ。と、またも憎たらしい笑みを浮かべた月島君。まさかそんなことを言っていただなんて。昨日の放課後、遅れて課題を出しに行った時に担任の机に席替え用のくじが用意されていたのを見た時の、見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と喜びを返して欲しい。

「とにかく! 席替えしてから私の有り難みを知っても遅いんだからね月島君」

 言ってやった。月島君なんて次の席替えで凄い気まずい席になってしまえばいいんだ。ギャルのグループに囲まれてしまえばいいんだ。不愉快そうに席に着く月島君を想像して笑いを堪える。神様お願いですから次の席替えで月島君をギャルのグループの真ん中にしてください。

「有り難みって、名字さんの隣で得したこと無いけど」
「た、たまに宿題見せてあげてるじゃん」
「それ、山口にでしょ」
「月島君に頼みに来た山口君に見せることは、月島君に見せることとほぼ同じだよ」

 腑に落ちない様子で私を見た月島君。そしてその視線はやがて私の足元に向けられ、品定めするように頭まで上がってゆく。なにを見ているのか分からないけれど、経験上次に来るのは九割九部悪口であるため身構える。

「ま、確かに困るかもね。席替え」
「なんだとコノ……って、え?」

 まさかの返答。そして、月島君は何時ものゴミを見るような冷たい目でもなく、馬鹿にしたような笑みをたたえた目でもなく、優しげな目をして続けた。

「好きだから。名字さんのことからかうの」

 よくよく考えてみれば充分に人を馬鹿にした言葉であるはずなのに、この時の私は何故かそれを好意的に捉えてしまい、その上どきっとさせられてしまったのだ。私は所謂調教済みというやつなのだろうか。いやいや調教とかされた覚えないしそんな冗談は笑えない。それになんか変態っぽいし。でも月島君ってそういうの上手そうだな。いやいや想像してはだめだ。
 苦し紛れに口にした言葉にならない言葉は想像以上にボリュームが大きく、そのまま私は廊下に立たされたのだった。

 でも、次の席替えでギャルに囲まれた席になるお願いは神様から撤回してあげよう。
:)140516

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