涼し気な目元に、すっと伸びた鼻筋。武骨で大きな手が、私の頬を摘まむ。頬に感じる微かな痛みなどどうでといいと思わせるほど、目の前の月島蛍という男は整っていて見入ってしまう。

「なに。気持悪いんだけど」

 あからさまにムッとしたような表情。頬をつままれても無反応な私に少し気分を害したらしい。

「月島君は綺麗だなと思いまして」

 私の返答に更に不愉快そうな顔をした蛍は、「名字サンって会話できないの?」とわざとらしく名字サン、の部分を強調して言った。

「あれ、髪伸びた?」
「……先週切ったばかりだけど」
「香水変えた?」
「元々つけてないけど」

 蛍の機嫌が悪くなっていくのもわかってはいたけれど、私は私で下手な挑発を続けてしまう。これは、とある行為をしたいと言えない私と彼の、一種の恒例行事のようなものでもある。

「あ、勉強しようかな」
「名字サンが勉強とか、どういう風のふきまわし?」
「古文単語、全然覚えてないんだよな」
「それ、先週の範囲だけど」

 蛍の部屋の机に古文単語のテキストを広げるも、冷ややかな眼差しでこちらを見る蛍の言葉で開く気もなくなってしまう。

「そうだ、やっぱ構文……」
「ねえ、」

 急に両頬を片手で掴まれ無理矢理蛍の方を向かされる。眼前には予想通り不機嫌な面持ちの蛍がいて、今日は私の勝ちだなんて思う。

「な、に?」
「いや、なんでも?」

 蛍の顔がゆっくりゆっくり近づいてきて、くるかなと思ったその直後。唇に期待していた感触はなく、あと少しで触れそうなその位置に蛍がいた。しかも、かなり愉しそうな表情で。

「ねえ、」
「ん? どうしたの名字サン」

 根に持つやつだと思った。どうやら私が先ほど彼を苗字で呼んだことをひきずっているらしい。私はというとそんなことを冷静に考える傍ら、一言話す度に吐息を感じるその距離の近さに動揺してもいた。

「あれ、どうしてそんな物欲しそうな顔してんの?」
「そんな顔、してない」

 依然、話せばその度に吐息がかかり、その上蛍は指先を私の背中にゆっくりと這わせた。その中途半端な刺激に身を捩ろうとするも、あまり動いては蛍の唇にふれてしまいそうで必死に耐える。

「いつまで我慢してんの?」
「うあっ」
「言っちゃえばいいのに」

 クスクスと笑いながら背筋をなぞる手の動きをやめない蛍に、私の我慢ももはや限界まで到達していた。

「っ意地悪」
「それ、名字サンが言うんだ」

 背筋を撫でている手とは反対の手が、私の耳にかかる。緩く中を撫でるように動くその指先により、もう負けることを覚悟して口を開いた。

「けっ蛍」
「なに?」
「……して」
「え? なにを?」

 わかっているくせに、と睨んでも、いつにも増して楽しそうな蛍は「言ってくれなくちゃわかんないな」と笑った。

「……き、」
「き?」
「キス……を、しま、しょう」

 もはや片言のようになってしまった言葉にも蛍は満足したのか「最初からそう言えばいいのに」とその唇と私の唇を微かに触れされながらそう言った。その擽ったさに身を捩る暇もなく、今度はしっかりと押し当てられる。
 ついて、離れて、そしてまたついて。触れるだけのキスを何度か繰り返し、最後に角度を変えて口付けられ蛍の舌が唇の間を割って入ってくる。私もそれに合わせるようにそっと自分の舌を絡ませた。それを合図とても言うように、唇がほんの少しだけ離れてその間でお互いの舌を絡ませ合う。
 蛍とのキスはするだけで頭がくらくらして、それだけで気持ちが良い。蛍は私が初めての彼女だと言っていたけれど、ならばどうしてこうもキスが上手いのだろう。そして、恋人同士だというのに毎回さっきのような攻防を繰り返さなくてはならないため、キス自体にも一種のレア感があった。

「今にも溶けそうな顔」

 少し上気した蛍の顔を目の当たりにして「蛍だって」と言いたかったけれど言葉に出来なかった。白い肌は少し赤くなり、唾液で唇が濡れた蛍の表情に、ついつい見惚れてしまう。

「……なに?」
「色っぽいなぁ、と、思いまして」
「っ!」

 なにそれ意味わかんない。と蛍は一瞬目を逸らしてから、また最初のように口付けた。いつも出来ない分、一度してしまうと中々歯止めが効かなくなる。そもそも私たちに止めようという思いはあるのだろうか。高揚する気分を抑える気もなく、行き場を失っていた両腕を蛍の首に回した。

「また僕の勝ちか」
「うっ今日はいけると思ったのに」

 少し誇らしげな蛍を睨めど、鼻で笑われてしまうのがオチだ。いつものことながら、今のところ私の全敗である。次こそは蛍に言わせてやる、またはなにか仕掛けてやろうと思うのだけど、私の頭に手をおく蛍の表情が穏やかなのを見て、結局のところ蛍が側にいればそれでいいという考えに至るのだ。

「本当、名前って簡単だよね」

 本人には絶対に言わないけれど。
:)140514

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