最後、目の前で起こった日向と影山の攻撃をみて、鳥肌がたった。隣で武ちゃんがあんぐりと口を開けて、目を見開いているのも納得で、少し詩的な武ちゃんの講評もすんなりと私の中には入ってきた。一人と一人が出会うことで、化学変化を起こす。その顕著な例が、日向と影山なんだ。

「君らは強く強く、なるんだな」

 一拍の沈黙。そして、明らかにポカンとした顔の日向と影山に、武ちゃんへとフォローを入れる大地さん。そのあとの大地さんの集合で騒がしくなる面々をに加わろうとしたとき、ふと隣を通った武ちゃんの独り言を聞き取った。技術を教えられる指導者。それは、以前の烏養監督のような存在だろうか。

「監督……いや、コーチっていうのかな」
「名前なに一人で喋ってるの?」
「え! あ、潔子さんそれ私持ちます!」

 潔子さんからスクイズやドリンクホルダーを受け取り、青葉城西の水道をお借りして洗う。練習試合を始めるときのドリンクの準備や片付けは、色々な学校の体育館だけじゃない場所を見ることができて私は好きだ。

「謝ったりすんなよ!」

 急な大声に、ぴたりと動きを止める。多分、声からして青葉城西の金田一君だろう。意識的に耳を傾けると聞こえてきたのは、それに答える影山の声。

「フンフンフーン、フンフフーン」

 まるで青春ドラマのワンシーンのような会話に意識を集中させていると、不意に聞こえた気の抜ける鼻歌。その行く先が男子トイレだと気付き、止めようとするも間に合わず、いかにもご機嫌といった様子で日向は男子トイレへと入っていった。止めたらよかった、のかな。思いがけぬイレギュラーの参入に余計に動向が気になって耳を澄ます。

「金田一、」

 影山の声は、それでもはっきりと意思を持って聞こえた。「勝つのは俺たちだ」の「俺たち」という部分に、目頭が熱くなってしまいそうだった。ポケットに手を突っ込んで男子トイレから出てきた影山の背中を思いっきり叩くと、びっくりしたような顔で影山は私を見る。

「良かったっ……良かったよ影山っ!」
「は、え、何スか」
「泣いた?」
「泣くかバカ!早く便所行けよ!」

 泣きそうになったのは私の方だということは日向にも影山にも言わないこととする。思い出したかのようにトイレに駆け込む日向に、仕事の途中であった私は水道に戻ってスクイズを洗うことを再開した。

「これ、洗ったやつスか」
「え、あ」

 過半数を洗い終え、スクイズホルダーに逆さに入れてあったいくつかを影山がひょいと持ち上げた。そして、それを無言で持って歩いてゆく。

「いっいいの!?」
「はい。大したことじゃないスけど」

 手伝うだとか、やりますよだとか。色々言葉はあったはずだけど、その言葉数の少なさが影山のやさしさが不器用であることをより物語っているような気がした。
 
「あ、名前サン」
「ん、なに?」

 最後の一つを洗い終え、スクイズを手にみんなの元に戻ろうとしたとき、十数歩先の影山が思い出したかのように振り向き、こちらに歩み寄った。

「ここ来たとき、ありがとうございました」
「え?」
「なんか、色々。なんて言っていいかわかんないスけど、こう、グッてきました」

 視線を逸らしたまま私からスクイズを取ってホルダーに差し込んだ影山。見上げる形になる上に少し顔を背けられているため表情はわからないけれど、感謝してくれたということはわかった。

「影山もお疲れ。最後のやつもだけど、凄かった」
「……あっス」
「後頭部直撃サーブも……っ」
「っ日向のやつ……!」
「凄い、格好よかった。お疲れさま」

 見上げれば、ふと視線が交わった。そして、影山は目を見開いてから、ななめ上を向いてしまう。けれど影山の耳はほんのり赤くなっていて、それをみて胸の奥がギュッと暖かくなっていくような気がした。

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