武ちゃんがとってきてくれたこのメンバーでの最初の練習試合。しかも相手はあの青葉城西。この日まで短い日数ではあったけれど皆練習に力が入っていて、いつの間にか私も一年生を君付けを辞めて呼び捨てにするようになった。平日の放課後に練習試合だなんて珍しいけれど、バスも出してもらえるし遠足のようで少しワクワクする。ある一点の不安要素を除いては。

「潔子さん! 俺のポッキー受け取ってください!」
「あっちょっと田中! 私のプリッツもどうぞ!」
「……ありがと」

 潔子さんに持ってきたおやつのプリッツを渡してから、他にも周りの人に渡していく。大地さんが私と田中に向けて「遠足じゃないからなー」と注意をする。

「はい、スガさんも!」
「アハハ、ありがと」
「? なんで笑ってるんですか?」
「いや、本当田中と似てるなって思って」
「ええっ!?」
「ええっ!?」 

 思いもよらぬスガさんの一言に私と田中の声が揃う。それを見てまた笑って「ほら」と言ったスガさんに反論の言葉を探す。

「私こんなハゲてないですー!」
「オイコラハゲってなんだ」

 田中との言い合いが激化したとき、大地さんが「お前らー」とまるで先生のような本日二度目の注意をとばした。今度もやはり二人揃って「すいませーん」と反省の意を声にすると、それを見ていたスガさんが堪えきれずに噴出す。

「ったく、おめーの所為で怒られちまった」
「何言ってんの田中の所為でしょ。てか昨日のドラマ見た?」
「あ! 見るの忘れた!」
「わー勿体ない。昨日急展開だったんだよー」
「ウソだろ!? くそ、すっかり忘れてたぜ……」
「ふふーん、実は録画してあったり……」
「マジかよ貸してくれ! 頼む!」
「仕方ないなあー……って、あれ? 日向なんか暗くない?」

 怒られた直後であるにも関わらず田中と馬鹿話をしている最中、田中の隣に座る日向がいつのもの元気を見せていないことに気付く。私の一つの不安要素とはこの日向のことで、やはりプレッシャーに押しつぶされているのだろうか。

「日向大丈夫? プリッツ食べる?」
「おい日向! ポッキーやるぞ! ポッ……!? お前何その顔!?」
「えっ? あっちょっと昨日眠れなくて……」

 日向の顔を見て途端に驚く田中。それもそのはずで、日向の表情には生気がなく、どこか能面じみた狂気すら感じるほどだった。いつもの表情豊かな明朗な日向の姿はそこにはなかった。

「あっちょっ……窓……」
「日向、ちょっと大丈夫? 私酔い止めとか持って……」
「開けても、良……」

 日向が田中を乗り越え窓を開けようとした時点で、嫌な予感はしていた。大きな声と共に田中のジャージの上に広がる吐瀉物に、田中は勿論バスの中は騒然とする。そしていいしれようのない、今日の練習試合への不安が車内全体に広まってゆくのを肌で感じた。

「すいません名前さん」
「いーっていーって。それよりまだ具合悪そうだけど大丈夫?」
「ダイジョブッス……」
「それ全然大丈夫じゃないでしょ! つくまであと少ししかないけど、バスの中で横になってた方がいいよ」

 途中、公園で止まってもらい水道で田中のジャージと雑巾を洗っていると、ぐったりした日向が本日何度目かわからない謝罪の言葉を言いにきた。日向の吐瀉物の処理は潔子さんに手伝ってもらいつつ行った。といってもほとんどを田中のジャージが受け止めてくれたお陰で、そこまで酷いことにはならなかった。

「ご苦労様」
「いっいえ! それより、日向大丈夫ですか?」
「ハハ、結構緊張と重圧の薬が効いちゃってるみたいだね」

 バスに戻るや否や、スガさんが声をかけてくれた。こういうところで気を回せるのがスガさんという人だ。そういえばこの練習試合の唯一の条件、セッターを影山にすること。それは三年の正セッターであるスガさんを使わずに、一年の影山を使えということだ。それを聞いた当初田中は「舐められている」と怒っていたけれど、それはあの場の誰もがそう感じていただろう。しかし一番悔しいスガさんがチームのことを最優先で考えて言葉を発したことが、今のまたとないチャンスに繋がっている。スガさんは本当に周りのことをよく見て句を配れる人だ。そんなスガさんの心中を思うと、私まで胸が苦しくなる。
 
「はあ、」
「なにため息ついてんだ」
「なんでもない。はい、これ」
「おう、さんきゅ。パンツまで染みてなくてよかったぜ」
「アハハ、そしたら超面白かったのに!」

 洗ったジャージをビニール袋に入れて田中に渡す。日向の様子も、スガさんもことも気になったけれど、もうすぐ青葉城西につくということでテンションが上がっているのが自分でもわかる。県ベスト4相手に、新しい烏野がどれだけ通用するのか見てみたい。

「お、ついた」
「やばいドキドキするね!」
「食い散らかしてやんよ」
「何それ烏って感じで恰好良い!」
「ほら、名前荷物纏めるよ」
「はいっ!」

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