バレンタインデーなんて関係なく、俺たちは授業の後も勿論放課後練習があった。ただ、いつもと違うのは月島はいくつかの紙袋を持っていて、日向と田中先輩が中心になって忌々しげにちょっかいを出していたことだ。どうして俺たちがモテないのかと嘆く田中先輩と日向を、三年生の先輩たちは「また今年もやってるよ」と笑っていた。
 それから練習終わりに清水先輩と谷地がマネージャーからだと言って小さく包装された義理チョコを全員に配り、田中先輩と西谷先輩が泣きながらそれを受け取って解散となった。時刻は六時を過ぎたところで、外はちらほらと雪が降り始めていた。それを見て田中先輩が「ケッ、ホワイトバレンタインかよ」と本日何回目かもわからないバレンタインへの悪態をついた。
 いつもの帰り道だというのに、ふと周りを見渡すと男女のペアが多いようにも思える。「部活終わりに待ち合わせてるんですね、いいですねぇ」とニコニコしながら言った谷地の言葉で、現状の理由を理解した。だからいつもと違うのか。終始反応を見せない俺に、「なんでそんな無反応なんだよ」という日向の言葉から月島を含む俺へのいじりが始まって、それに対して興味がないもんはないんだと怒鳴っていたら家の近くまでたどり着いていた。

「あ、飛雄君!」

 じゃあまた明日と別れて数歩歩いたところで、ふとここ最近聞いていなかった声を聞いた。見ると家の前には名前さんの姿。

「あ、こんばんは」
「ちょうどよかった! これうちのお母さんから、影山さんにって」

 名前さんが俺に紙袋を手渡す。紙袋は結構ずっしりと重くて、彼女の説明によると、田舎から送られてきた果物のおすそ分けらしかった。
 名前さんとは隣の家の俺の三つ上に大学生で、うちと名前さんちは親同士の付き合いがある。昔はよく遊んでもらったけれど、名前さんが中学に上がって暫くしたあたりから頻繁に遊ぶことはなくなって、呼び方も次第に名前ちゃんから名前さんへと変わった。ただ、それでも毎年バレンタインデーには俺にチョコをもってきてくれる。もはや習慣のようなもので、俺も三月半ばになれば親にせかされホワイトデーのお返しをする。たまに会えば挨拶をする。話しかけられたら話す。その程度だ。

「部活帰り?」
「はい」
「そっかぁ、烏野に入ったんだもんね。私の先輩の弟も烏野なんだよ」

 いつの間にか名前さんとの距離の取り方を忘れてぎこちなさを感じている俺に対し、名前さんはそんなことはお構いなしとでもいうようにニコニコと笑って取り留めのない話を続けた。ただ、会うたびに昔と同じように接してくれる名前さんの態度には救われている部分もある。名前さんがこうであるから、きっと今でも俺はホワイトデーのお返しを母さんに頼まずに自分で行けるのだと。

「あ、飛雄君チョコもらった?」

 今日はバレンタインデーだぞーと、さも俺をからかうようにそう言った名前さん。

「貰ってないっすよ」
「嘘だーお母さんには言わないから」
「いや、ホントっすよ」

 ぐりぐりとグーで俺の脇腹を押す名前さんに、身をよじりながら俺は否定の言葉を繰り返す。その間、ぼんやりとマネージャーからのは数に入れてはだめなんだろうなと思う。

「飛雄君の周りの女の子は見る目ないねえ」
「いや、そんなんじゃないっすよ。ほんと」
「飛雄君、こんなに背も高くて恰好良いのに」

 真っ直ぐに俺の目をみて言う名前さんに、一瞬ドキッとさせられる。思えば、俺はガキの頃名前さんが好きだった。いわゆる、初恋だ。そんなこと、今まですっかり忘れてしまっていたけれど。

「じゃあ私のチョコが飛雄君の今年の最初のチョコだね」

 はい。と、綺麗なブルーのクラフト紙でできた紙袋を俺に差し出す名前さん。名前さんのチョコは毎年違うところで買ったもので、貰ったものを見て母さんがいつも、これはどこそこの有名なやつだよ、と言うことを思い出す。毎年、俺のために流行りのモノを選んでくれているのだろうか。

「毎年、ありがとうございます」
「あのね、今年のはちょっと美味しくないかも」
「え?」
「いや、今年はちょっと手作りに挑戦しちゃったから……」

 それまでとは打って変わって自信を失ったような顔をした名前さん。その顔をみて、途端に名前さんが同級生の女子たちのような普通の女に見えた。それまでどうも年上のお姉さんという考えが根底にあったのに、今目の前にいるのはいつの間にか身長も抜かして、俺よりも小さくて華奢な一人の女だということを思い知らされたような。

「でね、一応これも貰って」

 もう一つの、今度は店の名前と思しき英語の書いてある紙袋を渡す名前さん。首を傾げる俺に、名前さんは続ける。

「これはちゃんとお店で買ったやつだから。保険、っていうとあれだけど、これも貰って」

 もう一度グイと俺の目の間に突きつける名前さんの意地になったような表情が、俺の考えをさらに加速させる。どうしよう、可愛い。

「いいっすよ。俺、こっちだけで」
「私がよくないの! いいから貰ってってば」
「それは名前さん食べてください」

 冷たくなった名前さんの手に被せるように自分の手を重ね、紙袋を名前さんの方に戻す。

「俺は、名前さんの手作りの方が食べたいんで」

 名前さんの吃驚したような顔とみるみる赤くなる頬に、自分の放ってしまった言葉の重大さに気づく。雪の白さで名前さんの頬の赤さは余計に際立って、まるでJRのコマーシャルのよう。言ってしまったことと、そんなことを考えている自分自身に恥ずかしくなって「じゃあ」と逃げるように足早に家に帰った。
 なんであんなことを言ってしまったのか。家についても暫く自分の顔の火照りは消えなくて、名前さんの最後の顔を思い出すたびにまた熱が集まった。
(急に格好良くなって、ずるい)
:)140214
タイトルは、言わずと知れた某電車から。

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