「影山君の誕生日っていつ?」
「あ? ……十二月」
「え! 今月なの!? 何日?」
「……二十二」

 早く言ってよ。と、新しく買った手帳の二十二日に「影山君バースデイ」と書き込んだことを覚えている。こっそりと、ピンク色のペンで。あれからもう五年が経って、手帳もその都度交換している。仲良くなった新しい友人の名前が増えて、疎遠になってしまった人はそっと新しいものには加えずに。なのに、どういうわけか。いまだに十二月二十二日に影山君の名前がある。もう中学を卒業してから会っても、連絡をとってもいないのに。
 だから私は今驚いている。最寄り駅まであと一駅。大学生になって忘年会という名の飲み会で終電ギリギリにかえって来たつもりが、電車の遅延が重なってあと一駅というところでもう電車がなくなってしまった今。親を呼ぼうにもこんなときに限って携帯の充電はなくって途方に暮れていた今。ふと、とりあえず改札を出ると、そこにはマフラーで顔を半分かくして携帯を弄る見覚えがあるような男の人がいたのだから。

「……名字?」
「影山君……」

 影山君が私を見ていった。少し、名前を覚えてくれていたことに安心している私がいる。自分の乙女思考に笑っていまいそう。

「終電、逃したのか?」
「うん。影山君も?」

 いや……と否定してから影山君は私に歩み寄った。どういうことだろうか。これからここで予定でもあるのだろうか。それにしても、と思う。影山君また背が伸びている。あの時も大きかったけれど、でも、あれから五年も経っているしそれも仕方がないことだ。私が影山君を最後に見たのなんて中学三年の卒業式なんだから。

「お前、どうするつもりだったんだ?」
「えーっと、親に迎えに来てもらうかと思ったんだけど充電なくなっちゃってて、歩いて帰ろうかなって」
「ったく……」

 呆れられてしまった。思えば、中学の時も影山君に呆れられたことが何度かあったような気がする。

「ちょっと、こい」
「えっ!」

 影山君の手が、手袋をした私の手を掴んで歩き出した。驚きと、恥ずかしさと、ちょっとの後悔。手袋、はずしておけばよかったなあ。
 
「送ってく。乗れ」

 連れてこられたのは駅の前のロータリーに停められた一台の車の前。助手席をわざわざ開けてくれた影山君に促され、よく考えることもままならないまま車に乗せられる。バタン、とドアが閉められてから、自分の図々しさに気付いて恥ずかしくなる。
 そして、影山君はちょっと待ってろ、と窓越しに微かに聞こえる声でそう言い残してどこかへ行ってしまった。
 多分五分もなかったその間に、私は色々なことを考えた。きっと何か用事があってここにいたであろう影山君にいらない手間をかけさせて申し訳ないなということや、もう私たちは二十歳を過ぎていて、影山君は車を運転できる年になったんだなあということ。考えていたら、運転席のドアが開いた。

「待たせた」
「ごっごめん。私、歩いて帰れるから大丈夫だよ! 影山君何か用事あったんでしょ?」
「あーうるせえ」

 申し訳なさから一気にそうまくしたてた私の額に影山君はコツンと何か温かいものを当てた。

「あつっ!」
「これでも飲んで、静かに座っとけ」

 手渡されたのは暖かい缶コーヒーで、影山君はキーを差し込んでエンジンをかけた。

「お、お金払う!」
「いらねーよ。いいから黙って飲んどけ」

 手袋を外してそっと缶コーヒーを手で包むとガチガチになっていた指先がじんわりとあたたかくなっていくのがわかる。ありがとう、と影山君に言ってからプルタブを開け珈コーヒーを飲む。暖かくて、身体の芯が温まっていくような気がした。

「ありがとう」
「何回言うんだよ」

 ふっと笑った影山君はアクセルを踏んで車を発進させた。ハンドルを握る手も、まっすぐ前を見るその横顔も、よく見るとあの頃の面影を残してはいるけれど大人のそれに変わっていた。勝手に恥ずかしくなって視線を手元の缶コーヒーに移す。
 静かな車内で落ち着かない私はきょろきょろと視線をさまよわせていると、ふと時計の電子表示で〇時を過ぎていたことに気が付く。昨日は二十一日だったから、つまり、今日は……。

「かっ影山君!」
「なっんだよ急に」

 私の急な大声に驚いたのか、影山君は肩をビクッと震わせた。

「誕生日……」
「は?」
「誕生日おめでとう。影山君」

 驚いたような顔をした影山君はそのまま私から顔を背けた。

「なんで、知ってんだよ」
「前、教えてくれたから」
「よく覚えてんな……」

 忘れないよ。と、心の中だけで返す。だって好きだったんだから。告白も振られもしないまま、好きなままで会わなくなっちゃったんだから。
 ゆっくりと車が止まって、気が付けば私の家の前だった。もう、ついてしまったのかと寂しく思う。影山君だって、私の家覚えていてくれている。

「アドレス、変えたか」

 シートベルトを外して、車を降りる準備を整えていると、影山君が口を開いた。

「ううん。あの時のまま」
「また、連絡してもいいか?」

 暗い車内でも、影山君の顔が赤くなっているのがわかった。それをみて、私まで恥ずかしくなってしまう。

「うん。今度、ちゃんと誕生日お祝いさせて欲しい」

 じゃあ、とドアをあけて車を降りようとしたその時、ふいに腕を掴まれた。

「あと、あぶねーから夜に歩いて帰るとかもうすんな。
……また終電逃したら、俺のこと、呼べ」

 言い終えて、ぱっと私の手を離した影山君は、私から視線をそらして気を付けて帰れよ、と言った。小さくうなずくことしかできない私はドアを閉めて、車が去って暫くの間、顔の熱が冷たい夜風で冷めるまで茫然とその場で立ちつくしていた。


 冬の深夜と缶コーヒー
:)131223

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