「ふ、あーあ」
スガさんと田中が揃って盛大な欠伸を見て、体育館の端で私も小さく欠伸をした。今朝のツケが今頃やってきているというわけだ。田中に至っては授業中爆睡していたからそのツケも何もないと思うのだが。
「眠そうだな、お前ら」
「えっそお!? 勉強のしすぎかな?」
「おっ、俺も勉強のっ」
その光景をばっちり大地さんに目撃されていた二人は、しどろもどろに言い訳をしている。はたから見ていると狼狽えるスガさんは可愛いものだったけれど、明らかに嘘とわかる言い訳をした冷や汗びっしょりの田中は見ていられるものじゃなかった。
「あいつ、馬鹿ですね」
「クマ……」
「熊?」
「名前も。目の下にクマ、できてる」
「えっ嘘! ええ!」
潔子さんの言葉に慌てて端っこに寄せたスポーツバッグから手鏡を取り出して覗き込む。
「あ、れ……クマなんて……」
「嘘」
「きっ潔子さぁーん!」
きっと早朝練のこと、潔子さんは気付いているんだろうな。抱き付こうとして、暑苦しいと一蹴された。今日も潔子さんは通常運転だ。
「今日から入部の一年生を紹介するよ」
大地さんの声に、自然と私も潔子さんも振り返る。大地さんの目線の先には二人の男子生徒がいた。
「よろしくおねがいしまーす!」
何を考えているのかわからない明るい声、そして何よりもその身長に驚いた。目測だけど、眼鏡の子の方は百八十後半はあるだろう。もう一人の子の方も百八十近くある。今朝の影山君然りだけど、こんなにも素材の良い子たちが集まってくれるなんて驚きを隠せない。
田中の驚いた顔を見る限り、どうやら田中もまだ見たことはなかったようだ。
「一年四組月島蛍。ポジションはミドルブロッカーやってました」
「同じく一年四組の山口忠です。ツッキーと同じでミドルブロッカーやってました」
月島君と山口君の自己紹介に次いで、簡単に私たちも自己紹介を済ませる。それにしても、月島君の威圧感と言ったらない。
「予想以上の子たちだったね」
「なーんか俺は気に入らねー」
「田中は基本初対面の人はみんなそうじゃん。そういう習性じゃん」
「……それスガさんにも同じこと言われた」
部活終わりの帰り道。いつもなら皆で帰るところを、二人寂しく田中と並んで帰る。数学で出された課題を提出するのをすっかり忘れていた私たちは、数学の教科担任に呼び出されたことにより皆に置いていかれてしまったというわけだ。
「それほどまでにアンタがわかりやすいってことよ」
スガさんと同じことを言ったということに若干の嬉しさを感じていることがばれないように、至極冷静を装って冷めた口調を貫いた。
「へえ」
「何ニヤニヤしてんのよ」
「いーや、別に」
本当にどうしてこの男にばれてしまったのだろう。潔子さんにだって言ってないのに。そして馬鹿だと思っていた田中はこのことに関しては殊更に敏い。
「……スガさんに、いや他の人に言ったらマジで怒るからね」
「言わねーよ」
「にしても、早くあの二人も一緒に部活できたらいいのにね」
「あの二人って、日向と影山か?」
「うん、だってずっと外で練習してるんでしょ?」
「まーな。あ、スガさんが影山は中学の時より大人しくなったって言ってたなそういや」
「ああ、そういやそうかもね」
「そうかァ?」
「まあ、なんとなくでしか私もわかんないけど」
気付けば田中との分かれ道で、田中に別れを告げようとじゃあねと手を振ると、そのまま田中は私の家の方を先に歩いて行った。
「なにそれ、送ってってくれるってこと?」
「お前みてーなのでも一応女だからな」
「照れてんの?」
「は!? んなわけねーだろ」
「ふーん、まあいいや」
ありがとね、とズカズカと帆を進める田中の背中に投げかけると、田中はオウ、と短く返して少し歩く速度を緩めた。