「また泣いているのかお前は」

ため息まじりにいわれたその言葉だって、今の俺には途切れ途切れにしきこえなかった。

「いい加減そのくせを直せ」

コーヒー(リオンが俺の分までつくって二階の寝室まで持ってきてくれたのだろう)のにおいが枕にうずめている俺の鼻までとどき、もう涙がさらに涙を流しているみたいにとまらなくなってしまった。

「なきむしめ」

ベッドの横のテーブルにマグカップを置く音がする(ことん、ことん、と律儀にひとつずつきこえる音に、俺は責め立てられたように真っ白でしわくちゃなシーツをつよく握り締めた)。悪態をつきつつもリオンは俺のそばに座ってくれて、ベッドがかわりにお礼をいうようにきしゃん、と、騒いだ。この部屋にある2つの照明(テーブルにあるちいさなランプと、天井についているまるくて白い照明)のどちらもつけていないことと、俺とリオンのふたりで買ったエジプシャンブルーのカーテンが開いていないせいで、部屋は朝といえど暗い。
いつからこんなに泣いているのか、どれくらい泣いていたのか、そんなことは全く分からない(そもそも今が朝の何時何分なのかもしらないのだ)。

「り、お、ん」

かれた喉から出る声は小さい上にきこえづらいし、おまけに顔は枕にうずめたままで名前を呼んだのでリオンにとどかないだろうと思った。それがかなしくてかなしくて、また俺はわあわあと泣く(こんな単純なことで泣くなんて我ながら幼稚だと思う)。しかしリオンはそれにこたえるように長くて白くて俺のだいすきな指でゆっくりと俺の髪をすくものだから、俺は涙腺がぶっこわれたみたいに涙を出した。何もいわずに俺の黒くてくせがある髪をすいて、そしてなでる。

「り、…ん、りお、ぅ、う」

「ほんとうにお前は世話のかかる弟だな」

兄の名前をばかみたいに何度も呼ぶ俺のからだ(しあわせで殺されるようなセックスのあと俺はそのままだったので、当然まるはだかだ)を上から覆い被さるようにして抱き締めるリオンは、かっこよくて胸がいたくなった。その上、握る力が強すぎてまっしろになっているだろう俺の手をいともかんたんにゆるませて、両方合わせて10本の指を自然にからめとってしまう。俺はくちびるをかみしめて、ああ、かなわない、と思った。

「俺のいれてやったコーヒーを冷ます気か?許さんぞ」

「う、お」

ばさり、と、かけてあったブランケットごとリオンは俺をベッドから引き剥がし、うしろからだきしめる。

「グレイ」

ぎゅうう、と、リオンの全身が俺の全身をつつんで、俺はそのあったかさに一気に気がゆるんで情けなくぐずった。
リオンの髪はシャワーをあびたせいか湿っていて、首に顔をうずめられると耳と頬とほっぺたにつめたい髪がくっつき、ひやりとした感触がする。

「っく、ちが、うんだ…、ッ…」

「ああ」

「き、ぅに…ひっく、なみだ、が」

「ああ」

無理矢理のどから絞り出した俺の声は嗚咽まじりでお世辞にも聞きやすいとはいえない声だけれど、リオンは静かにだきしめながらみじかく返事をしてくれた。外がさらにあかるくなるにつれて、部屋もうっすらとあかるくなっていく。
それはまるで、昨日リオンが大学から帰ってきたあとに俺が部活から帰ってきたことように、夕食はリオンがつくったことのように(俺の家の食事は当番制になっていて、昨夜はリオンの番だった)、俺が風呂から上がってリオンが風呂に入っている間にリオンのストックの酒を内緒でくすねたことのように、みごとに風呂上がりのリオンに見つかってたしなめられたことのように、その後口論になり俺は乱暴にリオンにかつがれ寝室のベッドの上になげられたことのように、結局なんだかんだで仲直りしてこおりからとけ出た水みたいなセックスをしたことのように、しあわせが押し寄せて、俺自身を余すところなく根こそぎくるんでしまった。
リオン、と、俺はがらがらの声でまた名前を呼び、絡められている指と指のあいだをなくすように手をつよく(力がうまく入らなかったので実際はつよくはなかったと思うが、少なくとも今の俺の精一杯のつよく、だ)握った。リオンは俺の手をやさしく握りかえし、俺のひだりの額の傷に唇をくっつける。それから唇をくっつけたままぬるい舌で傷口をなぞり(俺はそれがくすぐったくてすこし肩をふるわせる)、ちいさなリップ音をたてて唇をはなした。

「朝の当番はお前だぞ」

俺が泣きやんだことを知らせるように、リオンは唐突に朝食の催促をはじめた(俺は自分がいつ泣きやんだのかもそもそもいつ泣き始めたのかもまったくわからない。けれどリオンはいつもそれらを知っているのだ)。そしてまた俺の髪をすきながらその場を立ち上がり、ベッドからおりてローアンバーのマグカップを俺に手渡す。自分のぶんのコーヒーを飲みながらリオンは、そうだな、と、つぶやいた。

「まぁ、今日くらいばかな弟のために当番をかわってやってもいいな」

意地のわるそうな顔でにやりと笑ったリオンに、俺はすこし照れながら、お願いしますお兄様、と、笑いながらいった。
リオンは俺の笑顔に驚いたように一瞬動きを止めたがすぐに満足な笑顔にかわり、今日の朝になってからはじめてくちびるへのキスをした(それはとろけるようなプレッシャーキスだった)。

「かわいい弟だ」

と、ドアを閉める直前に開いた隙間からリオンは言い、かわいいは余計だ、と、俺が返そうと口をひらいた時には、もうあいつはドアをしめて階段を降りはじめていた。

「リオンのあほ」

ぬるいコーヒーをぐびぐびと飲み干して目覚ましのアラーム電源を切る。
横になるとカーテンからデイドリームの朝日がうすくすけて漏れていた。俺はもう一度だけ、リオンのあほ、と言い放ち、シャワーを浴びるためにシーツを頭からかぶってはだしで階段を降りていった。



















風呂上がりのキスだって、朝食のポテトオムレツだって、食後のセイロンティーだって


















(兄はいつだって俺にやわらかいしあわせをくれる)


































不安定なぐれくんがかわいい…けれどつよいぐれくんもだいすきだ!
リオンお兄様はお料理上手だといいな…´`*

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