玄関のドアをあけると、その音に吸い込まれるようにしてぱたぱたと床にスリッパがぶつかる音がした。俺はおどろいて靴を脱ぐのを止めて、とびついてきたグレイを受け止める。
「スタバいこうスタバ!!」
なんとまぁかわいらしく頬をそめておねだりするのだろうか、彼は。これでは今日会社でやらかしてしまった失敗に落ち込んでいる場合ではない。俺はグレイを抱き上げて、ふたたび玄関のドアをあけた。
「どうしてスタバなの?」
「季節のおすすめのフードにチェリーパイがでたんだ」
「…なるほど」
くすくす、と、俺達は笑みをこぼした。お互いスイーツに目がないのでわかる。そんなことを知ったらいてもたってもいられない。
「でもフリードは洋梨のシブーストの方が好きそうだと思う」
「えっ、そんなのあるの?だったら俺はシブーストだな」
そんな会話をしながら車を駅前まではしらせ、適当なパーキングにとめてスターバックスまで歩く。俺は会社帰りの背広姿で、グレイはタンクトップの上に半袖パーカー、七分丈のデニムパンツ(グレイによく似合うライトインディゴ)だ。これでグレイが制服姿だったら通行人にあらぬ誤解をされていたかもしれないな、と、安堵するけれど、どこかでそんないやらしいさを含むシチュエーションも悪くないと感じる自分もいた。首をかるく振って邪な考えをおとしてグレイの手をつなぐ。しっとりとあたたかいそれは妙に生々しく、俺はまたよけいなことを考えてしまいそうだった。
「チェリーパイをひとつと洋梨のシブーストひとつ。あ、フリード飲み物何がいいんだ?」
「あー…じゃあ、ほうじ茶のティーラテをアイスで」
「じゃあ俺はゆずグリーンティーのフラペチーノ」
ではあかいランプの下でお待ちください、と、ショートカットの店員がレジに向かって左側にあるランプを指差した(ランプの下にはカウンターがあり、そこから頼んだものを受け取る仕組みになっている)。
各自のケーキに各自の飲み物をテーブルにセットしソファに身をしずめ、午後8時34分から俺達のティータイムは幕をあげるのであった。俺達には時間に対しての常識やモラルなんてまったく関係のないことなのだ(それはあってないようなあいまいなものなのだが)。
「うーあー…おいしい…!」
「すごいおいしい…」
「さすが世界のスタバ。期待は裏切らないよなぁ…」
ほう、と感嘆のため息をつくグレイはとてもしあわせそうで、俺はそんなしあわせそうなグレイと一緒に夜のティータイムを過ごせることがうれしくてたまらなくて、鼻先にちいさなキスをした。
グレイは俺の鼻を、きゅ、とつまんで、ばか、と、恥ずかしいそうにいう。店は比較的すいており、しずかにジャズが流れていた。
グレイに「あーん」をしてもらって食べたチェリーパイは、それはもう美味だった。さくさくのパイ生地、あふれる3種のクリーム達、それと甘酸っぱく煮たダークチェリーとサワーチェリー。絶妙に調和がとれているそれらは間違いなく美味しいのだが、グレイの「あーん」もおおきかったように思える(友人のことばを借りれば、親ばかならぬ恋人ばか、だそうだ)。何故だかわからないがこのチェリーパイが食べたいと言い出したグレイをめちゃくちゃにほめたおしたくなり、わしゃわしゃと髪をかきなで、そのいきおいでだきしめた。グレイはしょうがないとでもいうように、俺のほうじ茶ラテをひとくち飲んでキスをしてくれた。
チェリーパイも洋梨のシブーストもおいしかったけど、やっぱり夏はフラペチーノです。
マンゴーパッションティーフラペチーノのおいしさに感動しました。2回目以降ずっとベンティです。飲み過ぎですね(笑)