帰るなりなんとも食欲をそそるかおりがしたので、急ぎ足でキッチンにむかえばエプロンをつけたグレイが立っていた。
彼は振り向いて俺を視界にとらえると、にっこりとして、おかえり、と、疲れた俺をいつくしむような声でいった(実際、グレイはなんの気なしに俺にいった言葉だったのだろうが、俺は仕事の疲れが空気中へ蒸発する勢いでときめいてしまうほど、俺をいつくしむような声にきこえてしまうのだ)。
「ただいま。すごくいいにおい」
「だろ?俺もすげー腹減った」
顔を見あわせて、ふたりで笑いあう。俺はグレイのおでこにキスをして、部屋着に着替えるために自室へ戻った。スーツを脱いでシャツとパンツを手早く身につける(ついでに部屋のレース付きカーテンを閉めるのを忘れない)。
食卓には既にかんぺきな夕食がならんでいた。グレイは冷蔵庫から生卵をふたつと麦茶を出して椅子にすわる。
「たまご?」
「そ、たまご」
グレイはたまごをテーブルにあててひびをいれ、そのひびに親指をわりいれて殻をきれいにまっぷたつにした。そして卵白はミニボウルにつるんつるんと落とされ、卵黄は片方の殻に割れずに丸いままでおさまる。
手際がいい。しかもどこか優雅だ。ああ、会社の同僚にこの素晴らしい奥さんを自慢したい(自慢したらたぶん頭をこづかれるだろうけれど)。
殻に入った卵黄をなにかのたれが入った片口小鉢にゆっくりとおとす。液面がすこしゆれ、卵黄を受け止める。
「食うとき、たまごわって食えよ」
グレイは俺の分とおなじようにして、たれの上に浮きのようにうかぶ卵黄をつくり、麦茶をコップにそそいだ。
「いただきます」
「わ…、いただきます」
俺はさっそく卵黄を箸でわり、角皿にのった肉だんごをたれにつけて食べた。肉だんごにはおそらく玉ねぎとにんにくと生姜が入っており、ふっくらとやわらかい。何より卵黄入りのこのたれだ。たれにもにんにくが入っている。他には醤油と砂糖あたりだろうか。卵黄が絶妙にからまって、まろやかさで口を満たす。食欲が刺激されるはずだ。とにかくおいしい。
「これ、すごいおいしい」
感激した様子で俺がグレイをみると、グレイもまた感激した様子で、
「だろ!」
と、目を輝かせた。
「簡単なのにうまいんだ、これが」
「へぇ…」
「今日テレビでやってたのをアレンジしてみた」
「さすがグレイだなぁ」
俺がほめると、グレイはてれたようにてのひらをほっぺたにくっつける。くつくつと笑いながら、俺はサラダへと箸をのばした。
これジャンルってなんなんでしょうか…。なんだか料理小説臭がしてきた。
ちがいますよ、これはなんちゃってぐれ受けお料理sssです(笑)