「リオンリオン!」

「なんだやかましい」

めんつゆに水道水をいれてうすめているまさにそのとき、グレイは些か興奮した様子で俺に話しかけた。ふたりぶんのおわんにうすめたそれを流し入れ、食卓に置く。すでに待ちかまえているざるの中のそうめんの上へと氷を落とし、薬味(ねぎに茗荷にしょうがだ。この3つを揃えておけば大概はずれることはない)をいれた器をその横に置く。
ととのった夕食をみてグレイはうれしそうに笑い、俺への会話を再開させた。

「今日は七夕だろ?」

ああ、そういえば。そういえばそうだった。俺はこどもの頃、うすももいろの折り紙でつくった短冊に何かを書いたのをおぼえている(はたして何を書いたのか、その短冊を笹にかざったのかは覚えていないが)。

「笹はないぞ」

俺がそう言いながらそうめんに箸をのばすと、グレイは、ちがうちがう、といっておかしそうに声をたてた。

「織り姫と彦星の関係はなんだと思う?」

「関係?」

「ああ、関係」

家族でも友人でもない。俺にだって一般常識としての七夕の知識くらいある。

「こいびと、だろう」

なんとなく、照れてしまうのは末期なんだろう。俺は平静を装っておわんにそうめんをしずめる。茗荷をいれるのを忘れたので、薬味達がならぶ皿へと目をうつした。俺は自分で思っているよりも、グレイに対してだいぶよわいようだ。なさけない。

「って、思うだろ?ちがうんだ、実は」

俺は茗荷を落としたおわんからグレイに目線をうつし、おもわずほうけてしまった。

「ふたりの関係はな、夫婦、なんだ」

さっきニュースの特集でちょっとやってたんだよ、などと、あまりにもやわらかい清潔な笑みでいうものだから、俺の意識は夕食ではなくグレイへもってかれる。いつもそうだ。それは予期不可能なことであり、そしてグレイの何気ない動作や言動や雰囲気で、はじまる。

「俺達みたいだ」

グレイは、くくく、と、笑い、俺をまっすぐ見据えて言う。

「兄弟にしちゃ近すぎるし、恋人にしてはよそよそしい」

夫婦ってぴったりだろ、と、自信満々で言うのだ。ばかなのか、この弟は。本気でうれしいと思っている俺とどっちがばかなのだろう(たぶん俺の方がばかだ)。

「でも俺達はいっしょにいてもぜんぜんお互いのやるべきことを怠ったりしない。ふたりでいることを咎める奴なんてだれもいないんだ」

だから天の川だって俺達の間に入りこんで一年に一度しか会えない状況をつくりだしたりしないんだぜ。それってすごくしあわせなことじゃねぇかな。
俺はいつの間にかグレイの手をにぎっていた。そうめんが入っているざるのとなりで、7月の暑い空気を気にせずにしっかりと指をからませていた。

「あほらしい」

と、悪態をつきながらもからませた手をはなすことのない俺をみて、グレイはまたうれしそうに笑んでみせた。



















七夕間に合ってよかった…。
リオン様、そうめんをめんつゆにつけてるの忘れてるよ!

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