それは俺のとなりでガジルが黙々と鉄材を食している時であり、俺が食事中のガジルをじいっとみつめている時であった。

「なぁ」

俺が声をかけてもガジルはいっこうにこちらを向かない。当たり前といえば当たり前だった。ガジルは食事中にみられたり声をかけられたりするのが好きではないのだ。それでも、ちょっかいをだす俺のことを睨みもしないガジルをみると、こいつは俺のことが好きなんだなぁ、と、しみじみと感じた(以前、ギルド内の誰かが食事中のガジルの肩に手をのせただけでそいつは5メートルくらい先の机に吹っ飛ばされていた)。
だが、それとこれとはべつであって、俺はこいつの視界をたかが鉄材がジャックしているのが妬ましくてたまらない(「男の嫉妬は醜い」とはよくいうけれど、そんなことはどうでもよくて、俺はこいつにこっちをみてほしいだけなのだ)。

「ガジル」

ぴたり、と、ガジルは鉄材に夢中で食いつくからだの動きを止めた。さすがに怒ったかもしれない、と、後悔したのもつかの間、鉄くずまみれのくちからは、

「んだよ」

と、ぶっきらぼうな返事がかえってきた。俺はまさかガジルが自分の食事を中断してまで俺に返答してくれるとは微塵も考えておらず、ぽかんとしてしまった。けれどあとからゆっくりと胸の中心からあたまのてっぺん、足のつまさきまであたたかいものが浸透していき、俺は鉄臭さもかまわずつめたいくちびるに飛び込んだ。口内を切った時のようになんともいえない生臭さが喉をとおって体内に吸い込まれていく。

「、あ、いでっ」

5秒もたたないうちにするどい歯で、がりり、と舌をかまれ、俺はあわててガジルのくちから退散した。だから俺の舌はかじり木じゃないというのに(キスをするとほぼ毎回のように舌をかまれるので、前々から「俺の舌はかじり木じゃねーぞ」と言い聞かせていたというのに、今回もその苦労は水のあわになってしまった)。舌先に指を当てると、血がすこしでているのがわかる。でもすこしだけうれしい気がした。

「なに笑ってんだお前は」

変な趣味でもあんのか、と、不機嫌そうにガジルはいった。不機嫌そう、というのはあくまでも「そう」であって、ガジルのは実際に不機嫌ではないと知ったのはずいぶん前だ。こいつはひどく、表現下手なのだ。それはもういろんな表現の。
俺はますます上機嫌になり、あかいストローをマドラーがわりにしてアイスティーをぐるぐるとかきまぜた。からからからん、と、ばかみたいに明るい音をたてて氷は笑う。

「なんか用かよ」

ガジルはテーブルの上の鉄ねじを手でいじり、軽薄な音源のアイスティーのグラスを横目でみた。俺が手を止めるとふたたび目線が俺へともどる。

「王子様がするみたいなキスがほしい」

「はぁ?」

むちゃぶりといえばそれはむちゃぶりだった(俺が言ったことはガジルとはかけはなれた単語であり、意味でもあるのだ)。とっさに思いついた乱暴なわがままをいったいこいつはどうするのか。おそらく、ばかばかしいと一蹴されてしまうのだろう。こむずかしい顔をして俺の顔をみるガジルに、続き、食っていいぜ、と、言おうと口を開く。

「あ」

と、みじかく声を出した時には既におそかった。ぐい、と腕をひかれて手を持ち上げられ、そのまま右の手の甲はガジルのくちもとへと連れてかれてしまった。がぶりとおもいきり噛まれるかもしれない、という考えが一瞬あたまをよぎり、ぎゅっと目をつむる。
ちゅ、と、きこえるかきこえないかのちいさなリップ音がまぶたの裏にひびいた。つめたくてやわらかい感触が手の甲のちょうど中心からつたわる。ガジルがいじっていたはずの鉄ねじは、ひかえめな金属音をたてて床へと落下した。ころころと木の床をころがっていく。
俺はかんぜんに不意をついたその行動にただびっくりするしかなかった。ガジルは目を白黒させてぬけさくづらをしている俺を訝しげに見た。

「…やっぱちげーのか、オイ」

こまったように俺の手に視線を向けるも、そいつはつかんだそれをはなさなかった。俺はこのままふたりでどこかへいってしまえないだろうか、と、考えた。海がいい。きれいな浜辺にいきたい。潮風がべたべたとまとわりつくなかで、俺は喉がいたいくらいに苦くてつめたいコーヒーを飲みながら誰よりもこいつを必要としていることを実感するのだ。けれど俺はそれができない。できないとわかっていて安堵する。けしてできないというわけではないのだ。海辺近くでの依頼はひとつやふたつあるだろう。けれど、本当にそれをやってしまったら俺はそのままこいつとどこかへいって帰ってこなくなってしまうのではないかと思い、こわくなるのだ。自分はこいつといっしょならどこへでもいける。そう心から思っている自分が恐ろしい。その恐怖がこいつへの愛にもなるのも、また。
人を真剣にいとおしく思うことは、同時にたくさんの恐怖も感じるのだ(じわじわと暗くよどむそれは、いつしか人を孤独においやってしまう。なんども、なんども)。
すこし唾液がついたのだろう。しっとりとしたつめたさが手の甲に這い上がる。

「合って、る」

それでも俺は、こいつをこれからもずっと好きなのだろう。
快さに身をゆだねる笑みをうかべ、つかまれている方の手を持ち直して手を繋いだ。

「せいかい」

俺は確実に忘我の境地にある。ガジルを好きになることで恐怖は感じたが嫌悪感は抱かなかった(それは道理上そうあるべきことなのだ)。恐怖も受け入れて、はじめてちゃんとした愛が成立する。そして愛が成立したのはまぎれもない事実で、俺がこいつのとなりにすわっている理由でもあった。

「マジかよ」

意外そうにすこしだけ頬をゆるめるこいつを抱き締めたいというあらがえない衝動に無論俺はあらがわず、うきでた鎖骨に鼻先をくっつけた。手はしっかりと繋いだままで、どちらともつかない体温がぐるぐると手のひらをのたうちまわっている。
こいつとふたりで海辺にいけないなら、からだをくっつけたい。気の遠くなるようなセックス(内緒の話、俺もこいつもお互いに関してはどこかしら臆病だ)のあと、すきまなんて存在しないくらいぴったりとくっつきたい。ガジルは俺とはだかでくっつくのをいやがるが、それはいつも最初だけであり、最終的に俺たちはぺったんこの胸を溶接するみたいにして眠りにつく。

「もういっかい」

やってくれよ、と、肉感的な声と息でさそった。ガジルはにぎっている俺の手の甲によわく爪をたてると、俺の髪に顔をうずめてしずかにねつのこもったテノールでいう。

「後にしろ、飯食ってんだよ」

もっともらしい返答に、俺はおかしそうに破顔した。
テーブルの下のねじも、とけかけた氷も、かじりかけの鉄材も、みんなとおい世界のもののように思えた。






















(俺は落ちたねじをひろいあげ、軽く息をふきかけて埃を落とし、それをガジルの口へ放りなげた)(がぎんがぎん、と、にぶい音をたてて、ねじは噛み砕かれる)


















手の甲へ
























おまえらここはギルドだ!シリーズ第2段です。第1段は実をいうと「獅子には〜」のロキグレでした。しょっぱなのいちゃいちゃにおまえらここはギルドだ!と叫びたかった方も多いと思います。しかしロキグレは場所替えしてしまいましたのでなんとなく叫びが中途半端だろうなぁ、と。そこで今回は最初から最後までギルド!と、いうことで終始おまえらここはギルドだ!と叫んでもらえたかなと思います(あれっ、私はなにをめざしてるんだこのおだい文で…)。
ガジルくんが手の甲にちゅーができたのはジュビアちゃんのおかげです。理想の王子様(グレイ様)が手の甲にちゅーしてくれたらきゃーっジュビアどうしましょうああ一生手を洗えませんっ!みたいなことを一方的にガジルくんに話していたんでしょう…たぶん。まぁ彼のことなので興味なくても一応聞いてはいたので記憶にのこっていたんでしょうね…。
そしてなによりお相手はガジルなの!?と思った方も多いかと(笑)手の甲にちゅーはロキやらリオン様やらが適任っぽいのですが、敢えて誰も予想しなかったであろうガジルくんでやりたい!と思いガジルくんになりました(あかがねはかなりガジルくんが好きです)。むずかしかったです…みごとに撃沈しました…が!たのしかったです、うふふ(笑)
にしてもらぶらぶですね…このガジグレ。…らぶらぶなガジグレってめずらしいですかね…?…いやそもそもガジグレがめずらしいかな…?マイナー好きサイトなのであまり訪問者様がいらっしゃらないのですが、見てくれる方もいるのでマイナー街道まっしぐらでがんばります!(笑)

お題はたかいさまの「」より


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