優しさが照らす



途中で意識を失ってしまったらしく、いつしか馬の揺れを感じなくなっていた。
ぎゅっと手を握られて、ひどく安心してしまう。
額にひんやりとしたものを押し付けられた時、やっと意識を覚醒させた咲良が、ゆっくりと目を開けると、そこには見知らぬ女性の姿があった。
黒髪が美しい、整った顔立ちの優しげな風貌の女性だ。


「おかあさん…?」


不安に陥っているせいか、思わず、離れ離れとなっている母のことを思い出してしまって…、咲良は夢を見ているかのようにぼんやりと呟いた。
すると女性は目を丸くして、慌てたように頭を下げるのだ。
咲良の手を握ったまま、もう片方の手で、額の汗を拭っていた手ぬぐいをぎゅっと握り締めている。


「ごめんなさい!お母さんじゃなくてごめんなさい!」

「え……?」

「あの、私…左近さんにお願いされて、お傍に居たんです…女性お一人で、辛い想いをされているからと…」


眉を八の字にして、申し訳なさそうに謝り続ける女性は、お人よしそうな…人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
布の上に寝かされていた咲良は、何とか起き上がって辺りを見回した。
左近が言っていた通り、馬を休ませるために一時的に足を止めているのだろう。
むしろ、意識を失ってしまった咲良を休ませるためかもしれないが。


「傍に居てくださって、ありがとうございます…えっと、貴女は…?」

「私は井伊直虎と申します。家康様のご命令で、孫策様の手助けに来たんです」


にっこりと微笑む女性は、勇ましそうな男の名を名乗った。
咲良は彼女がどんな人物かをよく知らなかったのだが、その穏やかな人柄に安堵したのは確かだった。


「咲良さん…あっ、左近さんに聞いたんですけど、月のものに苦しんでいらっしゃるって…これ、薬があるので飲むと楽になりますよ。あと、もっと身体をあたためた方が良いです。私の服をお貸ししますから」


直虎はかいがいしく咲良の世話を焼き、労ってくれる。
その優しさはやっぱり母親のことを思い出させて、意識せず咲良の目には涙が滲んでいた。


 

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