優しさが照らす



大坂城に捕われていた孫堅の救出に失敗した孫策軍への追撃の手は増す一方であった。
態勢を立て直そうにも、散り散りになった仲間達と合流しないことには何も始まらない。

孫策軍は、夜が明けきっていない、薄暗い森の中を駆け抜けていた。
咲良は足手まといにならないように、と同じことばかりを考えていた。
自分は左近の馬に乗っているだけだが、未だ乗馬に慣れることが出来ない咲良は馬に揺られるだけで苦痛を感じた。
大坂城で笛を吹き、体調を崩していたせいもあってか、気分が悪い。
しかし、ここで弱音を吐いて皆の足を引っ張ったら、それこそ敵に追い付かれてしまうかもしれない。


「…お嬢さん、少し熱がありますね。苦しいでしょうが、後少し頑張れますかい?」

「すみません、左近さん…私は大丈夫ですから、お気になさらないでください。今は逃げることだけを考えなくちゃ…」

「そんなこと、あんたが気にすることじゃありませんよ。それに、そろそろ馬も休ませなければならないんでね。耐えられないぐらいに辛い時は言ってくださいよ?」


優しい言葉で気遣われることは精神的な救いにもなり、咲良はぎこちなく笑顔を作って頷いた。
自覚はなかったのだが、馬の上で密着している左近には、咲良が発熱していることも分かったようだ。

熱よりも、咲良には気掛かりなことがあった。
女禍に与えられた桃の効力が失われた時、空腹を感じるようになったし、眠気に襲われるようにもなった。
それだけではなく、不幸なことに、ひと月以上は止まっていた月経が始まってしまったのだ。
慌てて対処したものの、野外では適切な処置が出来ず、環境の変化や疲労の蓄積により、これまでに無いぐらいの具合の悪さを感じていた。
背には汗が流れ、呼吸も浅く乱れている。
一番近くに居る左近は、じんわりと香る血の匂いに気付いているかもしれないが、流石に口には出さなかった。


(戦場に立つ男の人は、血の汚れを嫌うはずだよね…どうして、こんなときに…)


本来ならば皆の傍から離れているべきなのだろうが、この状況で一人になるということは死を意味している。
咲良は歯を食いしばって、途切れることが無い鈍痛を必死にやり過ごそうとした。


 

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