この世界の宝物



手が届かない存在というのは、世の人々に軍神と呼ばれた我が父のことであろう。

関平はいつも、関羽の背を追いかけていた。
とてつもなく大きくて、遠いところにある。
いつかは追い付き、追い越したいと願っていた。
願うばかりでは何も変わらないと、武を磨くことばかりを考えた。
自分の取り柄と言えば、ただ努力をすること、それしか無かったから。

しかし、関羽は呉に囚われて処断され、関平も若くして命を散らした、そこで全てが終わってしまうはずだった。

ゆえに、敵と敵という間柄とは言え、父の胸を借りて本気の勝負が出来たことは、過ぎた幸福であったのだ。
このような状況にありながら、関平は胸を躍らせていた。
咲良が――今、一番守りたいと思っていた彼女が、関平の身を案じて姿を現すまでは。


(夢から覚めたような心地だった。いや、拙者はずっと…死を経験した身であるからと、地に足をつけていなかったのかもしれない)


馬も一人で乗りこなせない、見るからに戦に慣れていない少女が、関平のために戦場に飛び込んできたと理解した時は正直、血の気が引いた。
それでも、咲良の健気な姿は、関平に自分が何をすべきかを思い出させてくれた。
己の力を試すための、自分本意の戦ではなく、守るための戦をしなければならないと。



潼関にて…織田信長率いる反乱軍は、孫策の元へと向かうことになった島左近を遠呂智の追っ手から無事に逃がすことに成功した。
遠呂智軍に従う関羽によって気絶させられていた関平が目を覚ましたのは、本陣に運び込まれてすぐのことである。
大した怪我もしておらず、思考もはっきりしていたため、飛び起きた関平は慌てて辺りを見渡し、咲良の姿を捜した。


(咲良殿…貴女が居なければ、拙者はたった一瞬でも父上を追い詰めることは出来なかったでしょう)


咲良の懸命な励ましがあってこそ、自分は父に迫ることが出来た。
だが…もし、万が一、彼女に傷を負わせていたらと思うと、気が気ではない。
いつもの咲良ならば、きっと傍についていてくれたはずだ。
今、彼女の姿が無いということは、もしかしたら怪我をしてしまったのかもしれないと、最悪の事態を想像し、背筋に震えが走った。
これでは悠生に合わせる顔が無いと、関平は一刻も早く咲良の無事を確かめたくて居ても立ってもいられなかったのだが、関平が目覚めたことに気が付いた光秀に声をかけられ、足を止めた。


「お待ちください関平殿、どちらへ…」

「光秀殿、咲良殿はどうされましたか?先程まで、拙者と一緒に居たはずなのですが…」

「咲良殿ですか…実は、彼女はもう此処には…」


少し残念そうに光秀が語った内容は、少なくとも関平を落ち込ませるほどの衝撃を与えた。
咲良は、島左近と共に孫策の元へ向かったというのだ。
彼女は光秀に悩める心を打ち明けており、関平には黙って、傍から離れていってしまった。
心に隙間が出来たかのような、喪失感というものを、関平は生まれて初めて身に覚えた。


 

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