ただ一人だけが知る



それは、君と出会う少し前…激しく雨が降る夜のことだった。
私と兄上は、砦の守備を任されていた。
連日の交戦に、兵は皆疲労しきっていたけれど、兄上はやはり誰より真面目で、疲れを顔に出すこともなかった。
でも、私は頑張りすぎる兄上に少しでも休んでほしくてね、声をかけようと傍に寄ったんだ。

その時、兄上は…どうしたと思う?
私が近づいてきたことにも気付かずに、何かをじっと見つめていたんだよ。
それは、普段は服の中に隠していたらしい、紐に通して首に下げていた、翡翠の指輪だった。
あの兄上が首飾りを、いや、指輪を持っているなんて!
私は失礼ながら盛大に驚いてしまって…、私に指輪を見られてしまった兄上も、気まずそうな、ばつが悪そうな顔をされていた。

だけど、兄上は快く教えてくださったよ。
ひどく懐かしそうに、そして切なげに指輪を見つめていた。
その指輪は、とある方にお守りとして預かったそうだ。
私はてっきり星彩殿――兄上の幼馴染みの女性が、武運を願って渡されたものだと思ってしまった。
でも、兄上は否定した。
私が見たことは無い…星彩殿の前でも見せたことが無いであろう、とても、柔らかな笑みを浮かべいた。
そのお方は、あの兄上に子守唄をせがむような子供っぽい性格なのだと…、瞳に涙を滲ませて、無事を願ってくれたのだと。

兄上にとって、そのお方が誰より…星彩殿より特別な存在であることは、すぐに分かった。
奥手な兄上のことだから、まだ、恋仲とまでは言えないみたいだけれど。
これまで私は、兄上は星彩殿を一途に慕っていると思っていたから、少し意外な気持ちだった。
だけど、嬉しくもあった。
兄上は決して、私の前で、素の表情を見せることが無かったから。
大切な人を想う時、兄上は、あんなにも優しく、愛おしそうな目をされるんだ…。


兄上は、どのような気持ちで逝かれたのだろうか。
最期に、誰のことを考えていたのだろうか。
兄上の無事を願い指輪を託されたそのお方は…兄上が無念の死を遂げた事実を死を知り、悲しんでおられるだろうか。

私は、そのお方に会ってみたいと思うんだ。
まずは礼を言いたい。
兄上を心配してくださったことに感謝しているから。
そして、ゆっくりと兄上の話が出来たら良い。
きっと、私の知らない兄上について、沢山知っているだろうから。

ねえ、良かったら、君も一緒に来てくれないかな?
いつか、私と一緒に、兄上が一番大事にしていたその人に会ってほしい。
他ならない君だからこそ、もっと兄上のことを知ってほしいんだ。



END

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