ただ一人だけが知る



――聞いてくれるかい、今は亡き兄上の話を。

兄といっても義理の兄だったから、私と血が繋がっている訳ではないんだ。
それでも、私は兄上をとても尊敬していてね。
ただ純粋に、軍神と呼ばれた父上の背を追い、強くなろうと努力する兄上は、私の誇りだった。

そう…、あれは少し前のことだっただろうか。
劉備様から荊州の守備を任されていた父上が、魏軍と交戦したことがあった。
私と兄上もお傍に居た。
実は私は、御役目を与えられたのは初めてでね…、絶対的な強さを持つ父上が、敵に遅れを取るはずが無いと、実戦経験の乏しい私は信じきっていたんだ。

だから、驚いてしまった。
父上が私の目の前で傷を負ったこと。
そして、兄上が身を呈して父上を庇おうとしたこと…
幸い、父上はすぐに体勢を立て直してその場を切り抜けることが出来たんだけど、兄上の咄嗟の行動に対して、父上のお怒りは相当なものだった。
私は、あれほど感情をあらわにする父上のお姿を見たことがなかった。

助けてもらったのにどうして怒る必要があるのかって?
『未熟者が一人前になったつもりか!』と父上は激昂されていたけど、本当は兄上に怪我をさせたことを悔いていたのかもしれないと、私は思うよ。

その後、兄上は成都城へ帰還を命じられてしまった。
軽率な行動を反省し、これからは身の程を弁えるように心掛けよ…と言うのは恐らく、建前だったんだろうね。
父上は自身の傷が癒えた頃、漸く兄上を許し、荊州に呼び戻した。
兄上はこの時を待ち詫びていたのか、すぐに父上の元へ馳せ参じた。
厳しく、真剣な表情で、父上に新たな誓いを立てる兄上のお姿に、私の心も震えたよ。

だけど私は…私の知らない兄上に出会ったんだ。
兄上はいつも真面目で、ひたむきで真っ直ぐな人だった。
だから、魏と呉の連合軍と対峙した戦場で…気を抜くなんて、絶対に有り得ないはずだと、そう思っていた。

 

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